彼が掘り出す芋の重さを、私はノートに書き付ける。
後ろに転がされる芋を、私は一つずつ手に取る。
明らかに傷んでいるものは除外して、食べられそうなものは50g以上と以下の二つに分けてざるに入れる。
手伝ってくれる人が現れたおかげで、収穫を一日で終えてしまった。
辺りはもう、薄暗くなり始めている。
「で、掘った芋はどうすんの?」
「乾かさないといけないから……。とりあえず今日はこのまんまで」
「雨は大丈夫なの?」
「多分、降らないと思う」
「多分かよ」
彼はスマホを取り出すと、明日の天気をチェックする。
「あぁ、晴れだな」
ぐちゃぐちゃの畑はそのまんまにして、ざるだけを日の当たらないよう倉庫横に移動させた。
「片付けは明日するから」
水道の蛇口で、並んで手を洗う。
タオルを渡そうとしたら、彼はすでに自分のハンカチで手を拭いていた。
「で、掘ったジャガイモはもらえるんでしょ?」
学校を出る頃には、すっかり暗くなっていた。
沈んだばかりの空に、今日は3つの光の柱が見える。
「あげるよ、もちろん。なんか袋持って来て。同じ重さずつ入れてあげる」
目と目が合う。
この人はふっと笑った。
「役に立ってるし、お前の特殊能力」
「うれしくない」
「あはは」
本当にうれしくない。
そんな分かりやすいお世辞や慰めで、騙されるような私じゃない。
頭に血が上る。
間違いなく顔が火照っている。
変な汗が出ていて、茶色の彼が隣にいて、辺りは暗くて、本当によかった。
「な、ちょっと寄っていこうよ」
そう言って肩にかけた鞄を引かれる。
小さな古い八百屋の前で立ち止まった。
こんな店に誰が入っていくのだろうと、いつも思っていたそこに引きずり込まれていく。
彼は人参の袋を手に取った。
「これ、何グラム?」
「だから、芋類限定なんだって」
この人はまだ不思議そうな顔をしていた。
「人参は芋じゃない。根菜だけどね」
すぐ隣にあった、ジャガイモの詰められた袋を持ち上げる。
「298?」
彼は渡した袋に貼られた、値札のシールを確認している。
「当たり! こっちは?」
「……304」
そう言えば他の誰かから、こんなふうに驚きの目で見られるのも初めてかもしれない。
「すげぇ!」
すぐ次の袋に伸ばそうとした手を、引き留める。
キラキラしたその素直なまなざしが、妙にまぶしかった。
「ねぇ、もう帰ろうよ」
恥ずかしい。
でも普通に悪い気はしなかった。
店を出る。
3つあったピンクの柱は1つになっていて、乱立する駅前の看板は、もっと大事な何かを忘れさせようとしているみたい。
「俺だってさ、自分の能力を生かしきれてるわけじゃないよ」
改札をくぐる。
定期のカードがピッとなって、表示される金額が消費されていかないことに、未だに慣れない。
頭ではそれは当たり前のことなんだと分かっていても、消えていかない。
お金は電子の数字に変わって、確かに消費されているのにね。
「絶対音感って言っても、音が五線譜の音符として分かるだけだし、色になって見えるって言っても、俺からしたら……、漂う煙? ライトの光? みたいに、見えてるってだけで……」
今日は並んで階段を昇る。
ホームはいつだって混雑していた。
「絶対音感とか、共感覚とか、ピアノの上手さには関係ないよ。そりゃある意味、助けにはなってるかもしれないけどね。だけど、練習しないと上手くはならない」
ほんの少しだけ、私より目線の高い位置にある横顔と目が合う。
「だから、あんまり意味はないと思ってる。俺はね」
到着した電車からの、突風が吹き付ける。
人の流れを待って、一緒に乗り込んだ。
「て、アレ? こっちの電車でよかった?」
「うん。前に一緒だったって気づいた」
どこで降りるのかと聞かれて、正直に答える。
もうこの人には、嘘をつかなくていいような気がした。
「じゃあな」
乗り換えの駅で、先に降りるのは彼の方で、いつもどの駅で一緒になって、どこで降りていくのか、知っているけど知らなかった。
これで私はこの事実を、「知っているもの」として許される。
窓の外には、新たに現れた大きなピンクの柱が見えている。
もしあの光に飲まれた時には、とりあえずの食べ物でも確保しておこうと、勝手に始めたジャガイモ栽培だった。
バカみたいだとずっと思っていたけど、ちょっとは役に立ったのかもしれない。
後ろに転がされる芋を、私は一つずつ手に取る。
明らかに傷んでいるものは除外して、食べられそうなものは50g以上と以下の二つに分けてざるに入れる。
手伝ってくれる人が現れたおかげで、収穫を一日で終えてしまった。
辺りはもう、薄暗くなり始めている。
「で、掘った芋はどうすんの?」
「乾かさないといけないから……。とりあえず今日はこのまんまで」
「雨は大丈夫なの?」
「多分、降らないと思う」
「多分かよ」
彼はスマホを取り出すと、明日の天気をチェックする。
「あぁ、晴れだな」
ぐちゃぐちゃの畑はそのまんまにして、ざるだけを日の当たらないよう倉庫横に移動させた。
「片付けは明日するから」
水道の蛇口で、並んで手を洗う。
タオルを渡そうとしたら、彼はすでに自分のハンカチで手を拭いていた。
「で、掘ったジャガイモはもらえるんでしょ?」
学校を出る頃には、すっかり暗くなっていた。
沈んだばかりの空に、今日は3つの光の柱が見える。
「あげるよ、もちろん。なんか袋持って来て。同じ重さずつ入れてあげる」
目と目が合う。
この人はふっと笑った。
「役に立ってるし、お前の特殊能力」
「うれしくない」
「あはは」
本当にうれしくない。
そんな分かりやすいお世辞や慰めで、騙されるような私じゃない。
頭に血が上る。
間違いなく顔が火照っている。
変な汗が出ていて、茶色の彼が隣にいて、辺りは暗くて、本当によかった。
「な、ちょっと寄っていこうよ」
そう言って肩にかけた鞄を引かれる。
小さな古い八百屋の前で立ち止まった。
こんな店に誰が入っていくのだろうと、いつも思っていたそこに引きずり込まれていく。
彼は人参の袋を手に取った。
「これ、何グラム?」
「だから、芋類限定なんだって」
この人はまだ不思議そうな顔をしていた。
「人参は芋じゃない。根菜だけどね」
すぐ隣にあった、ジャガイモの詰められた袋を持ち上げる。
「298?」
彼は渡した袋に貼られた、値札のシールを確認している。
「当たり! こっちは?」
「……304」
そう言えば他の誰かから、こんなふうに驚きの目で見られるのも初めてかもしれない。
「すげぇ!」
すぐ次の袋に伸ばそうとした手を、引き留める。
キラキラしたその素直なまなざしが、妙にまぶしかった。
「ねぇ、もう帰ろうよ」
恥ずかしい。
でも普通に悪い気はしなかった。
店を出る。
3つあったピンクの柱は1つになっていて、乱立する駅前の看板は、もっと大事な何かを忘れさせようとしているみたい。
「俺だってさ、自分の能力を生かしきれてるわけじゃないよ」
改札をくぐる。
定期のカードがピッとなって、表示される金額が消費されていかないことに、未だに慣れない。
頭ではそれは当たり前のことなんだと分かっていても、消えていかない。
お金は電子の数字に変わって、確かに消費されているのにね。
「絶対音感って言っても、音が五線譜の音符として分かるだけだし、色になって見えるって言っても、俺からしたら……、漂う煙? ライトの光? みたいに、見えてるってだけで……」
今日は並んで階段を昇る。
ホームはいつだって混雑していた。
「絶対音感とか、共感覚とか、ピアノの上手さには関係ないよ。そりゃある意味、助けにはなってるかもしれないけどね。だけど、練習しないと上手くはならない」
ほんの少しだけ、私より目線の高い位置にある横顔と目が合う。
「だから、あんまり意味はないと思ってる。俺はね」
到着した電車からの、突風が吹き付ける。
人の流れを待って、一緒に乗り込んだ。
「て、アレ? こっちの電車でよかった?」
「うん。前に一緒だったって気づいた」
どこで降りるのかと聞かれて、正直に答える。
もうこの人には、嘘をつかなくていいような気がした。
「じゃあな」
乗り換えの駅で、先に降りるのは彼の方で、いつもどの駅で一緒になって、どこで降りていくのか、知っているけど知らなかった。
これで私はこの事実を、「知っているもの」として許される。
窓の外には、新たに現れた大きなピンクの柱が見えている。
もしあの光に飲まれた時には、とりあえずの食べ物でも確保しておこうと、勝手に始めたジャガイモ栽培だった。
バカみたいだとずっと思っていたけど、ちょっとは役に立ったのかもしれない。