俺はその瞬間、小学生のときからの人生を懐古した。
初恋の君は大好きだったピアノを辞めるその日、
放課後の教室で、不甲斐ない気持ちも抱えて泣きながらもその曲を奏でて、
《《選ばれた》》俺の背中を押してくれた。
そうして選ばれて強豪校の中学に進学した俺は、
ずっと選ばれることだけを生き甲斐に、高校、大学、と練習を重ねてきた。
なのに、肝心のその日に、俺はどのプロ野球球団からも《《選ばれなかった》》。
しゃがんで彼女の妹と目線を合わせて、なんとか言葉を絞り出した。
「……ごめんね、」
この十年余りの月日は何だったのだろうか。
小学生の君に背中を押されて踏み入れた野球の世界。その歳月の長さを思った。
いつの間にか俺は、食卓の椅子に座らされていた。
野球部の練習をサボってしまった俺の気を紛らわそうと、彼女が手料理を振る舞うと家に呼んでくれたのだ。でも今はその優しさが全て苦しかった。
豪華な食事を前にして、湯飲みの茶に映る自分とにらめっこしていることに気づいた。
「ごめん、ちょっと、」
俺は喉元から出かかった言葉を呑み込んで、
荷物をまとめると、夜の街に駆け出した。
無茶苦茶だって分かってる。
でも現実の人に慰められるぐらいなら、記憶と心中したかったのだ。
夜長の候、十月のとある夜から数日間、
俺は消えた。