帰り道。午後16時。

 夕焼けは疲れた僕らを明るく照らす。

「……やっと帰れる」

「お疲れさま。そしてごめん」

「別に謝ることはじゃないよ。それにしても、あの人達誰だっけ?」

「神田神田(かんだ)さんと坂本(さかもと)さんだよっ! 不知くんも全然人の名前覚えないね!?」

「あー……。僕、人の名前覚えるの苦手でさ」

「じゃあ、今覚えてっ! |神田さんと坂本さんね! りぴーとあふたーみー! はいっ!」

「やめて」

 ケラケラと笑う飯島さん。

 何が面白いのだろうか。

 だけど、飯島さんなら、なぜか許せる。

「そういやさ、今日ってなんでレストランいたの?」

「普通に本読みたかったから」

「へ? ガヤガヤしていて集中出来なくない? 私なら無理だけどな」

「別に……。本さえあればどこでも僕は読めるから」

「やっぱり不知くんは凄いなぁ!」

 僕は凄くない。

 昨日も思ったけど飯島さんはなにか勘違いをしている。

 小説を書く人なんて今時どこにでもいる。

 言っていないだけで、暗いと思われるのが嫌なだけで文の世界にひそかに没頭している人なんてごまんといる。

 集中力があるだけの人なんてそこらじゅうに溢れかえっている。

「僕に凄い所はないよ。むしろ人より劣っているし」

「不知くんって……面倒くさいね」

 やっと、言ってくれたかと思った。

 僕は面倒くさい。

 それは、僕自身も分かっている事だから無理に人と関わろうとしないし、それに付き合う人もきっといない。

 僕と関わっている時間よりも、その人が自身のためや他の大切な人に使っている方がよっぽどいいと思っている。

「あ、今頃?」

 だから、こう返したのに、飯島さんはニヤリと笑って、

「なーんてね、嘘だよ」

 そんな冗談を言った。

 この時、嘘だと言ってくれた事がなぜか少し嬉しかった。

 けど、僕はそれを彼女に知られたくないから、照れ隠しで、

「別に本当でもよかったけど」

 こう答える。

 飯島さんは、言葉で僕を変えてくれるんだから、本当に凄いと思う。

 彼女からすれば、きっと対した事は言っていないのだろうけど。

「そんな事言ってると人が離れちゃうよ。今日は二人の女の子と知り合えたんだからその出会いを大切にしなきゃ。ありきたりだけど誰が自分の人生を変えてくれるか分からないからさ。一人でも多くの人と関わろうよ」

 飯島さんの言っている事が正論過ぎてなにも反論は出来なかった。

 実際、僕らは輝が居たから変わったのだから。

 輝と関わらなければ、僕はどんな人間になっていたのだろうか。

「うん。そうだね」

「あっ! もう駅かぁ。じゃあね! 不知くんっ!」

「また、月曜日」

 手を振りかえして、僕は自分が放った言葉に少し違和感を覚えた。

 なんで、月曜日も関わりをもつ前提でいるのだろうか、そんな事を考えながら家に帰った。

 そして、僕はいつもの時間にご飯を食べて、お風呂に入る。

 食事中、いつもと違ったのは、アカ姉がニヤニヤしながら、僕の事を見ていたと言うことだけだ。

 何か良いことでもあったのだろうか。

 もし、内定が決まったみたいな事なら、普通に家族として喜ぶ。

 姉はこれから社会に出て世界を変えるのだから、僕にとって憧れにも近いことだ。

 いつも通り、お風呂からの空き時間は小説を読む。

「火星が導く異世界道」を読みきるつもりだったけど、ページが半分ほど進んだところで、今日は本を閉じ、夢の世界へと身を投げた。

 そして翌日の日曜日。

 僕は、書店巡りをする。

 文字通り、昼からフラフラと自転車を漕いで本屋を探すという事をするのだけど、基本的にひとつの店に行って本を立ち読みしていると、時間が潰れているというのがオチだ。

 今日はよく行く本屋ではなく、少し遠出をする。

 目的地は、高校の近くの本屋。

 上の階には、ゲームセンターもあるので終業後、よく僕らの高校の生徒や他校の生徒が訪れる。

 店内には客が少なく、誰にも邪魔されずに、本を読んで過ごした。

 そして、家に帰ってから、ご飯を食べるのだけど、食事前に父さんが僕に話しかけてきた。

「……期末試験は、まだか」

「うん。来週だから勉強してる」

「結果をだせないやつには俺は金を出さない。この世の中は結果が全てだからな」

 父さんは、それだけを言ってご飯を食べる。

 彼は、いつも最後にこの言葉を言う。

 確かにそうかも知れないが、僕はそれなりに結果をだしているつもりだ。

 少し不快感を覚えたが、お風呂に入って、寝る前に小説を読んでいると、自然とその不快感は消えた。

 これで、「火星が導く異世界道」は読了した。

 やっぱり、ファンタジー小説は面白いし、興奮を与えてくれるから好きだ。

 23時になる数分前に布団の中に身を潜める。

 いつの間か意識がシャットアウトされて、僕は眠りの世界に落ちていった。

 飯島さんと出会ってから、いつも通りの日常が変わりつつある。

 だけど、僕はそれに不快感を覚えることはなかった。