そうして、飯島、もとい長谷川の再審日。

 俺と命は、傍聴するため裁判所に来ていた。

 そろそろ始まるのか。

 俺はあまりこういうところに来たことがないため、緊張していた。

 そして、少なからず、長谷川に会うのが怖かった。

「……ヒカル」

「ん?」

 命は小さな声で俺を呼ぶ。

「大丈夫」

「ありがとうよ」

 きっと、緊張している俺を少しでもリラックスしてもらいたいために言ってくれたのだろう。

 裁判官、検察官、弁護人が部屋に入ってきた。

 その中には、坂本の姿があった。

 普段の緩い空気はどこやら、法廷にふさわしい空気を身にまとっていた。

 そして、長谷川が法廷内に入ってきた。

 彼女は、セミロングの髪が少し乱れているだけで、それ以外の変化はなかった。

 俺たちと友達だった飯島は、そこにはいない。

 裁判官の冒頭手続きを終えて、検察官からの陳述(ちんじゅつ)がはじまる。

「飯島氏は、当時、交際していた不知蒼とのデートの帰り道、彼の脇腹を果物ナイフで刺し、死亡させた。これは間違いありませんね?」

「はい」

 ここまでは、事実として分かっていること。

「ですが、飯島氏には、不知蒼を殺害するには、私は疑問点があります」

 坂本が検察官の言葉をさえぎった。

 いつもの関西弁は標準語になっている。

「ひとつ、もし、彼と当時、付き合っていたとすれば、トラブルがない限り、殺人には発展しない」

「ふたつ、飯島氏は元々長谷川(はせがわ)志音(しおん)という名字だった。彼女が飯島家に来たのは幼少の頃です」

 今まで知られていない真実に場は騒然とした。

「それは、つまり──」

「ええ、飯島氏は多重人格者ということです。その証拠にこのような紙があります」

 坂本は長谷川が二重人格だということを証明する紙を見せる。

「これは、飯島氏──もとい、長谷川氏は知っていたのではないですか?」

 長谷川に質問する坂本。

「……私は、あの子がいることを知っていました。両親が殺されてから、私の中にもう一人の人間がいて、その子の名前を結菜と呼びました。元々、私がメインの人格なのですが、あの子がいることで皆が笑顔になることを知り、私はほとんどの時間をあの子に渡しました。ですが……」

 そこまで長谷川は言って、一度間をおく。

「私は、どうしても、自分が嫌いでした。あの子のように振る舞うことができず、誰も笑顔になってくれない。そんな失望の中、あの子が──結菜が蒼君と交際を始めました。私はあの子が幸せに生きることに嫉妬してしまって、それで、蒼君を……」

 長谷川はそれ以上は言わなかった。

 言えなかったのだろう。

 自分が壊してしまった幸せを、長谷川にとっても飯島にとっても、幸せだった蒼との時間を、認めたくなかったのだろう。

「──このように、不知蒼を殺害したのは、長谷川氏だと言えます。彼女は正真正銘の二重人格であり、これから彼女の生活には社会のサポートが必要なのではないでしょうか」

 以上ですと坂本は言い切る。

「判決言い渡し期日は、10月3日午後13時30分より当法廷内にて行います。本日はこれより閉廷いたします」

 裁判官の挨拶により、再審は終了した。