ヒグラシが子供の笑い声に負けじと鳴いている。

 9月、まだまだ夏の空気が残る太陽が照りつける公園内を笑顔いっぱいで走り回る少女は俺を捕まえてから、抱っこをしてほしいと言わんばかりに手を伸ばした。

「パパつかまえたっ!」

「ははっ……。葵菜(あおな)も早くなったな。そろそろ休憩しようか。お茶飲まなきゃ」

 俺が抱っこしている少女──葵菜は、屈託のない笑顔を見せる。

「うんっ! ママのおちゃちゃだいすきっ!」

 ベンチに座っている女の方へ歩き出す。

 彼女は、俺たちの事を気づいたのか、向こうからこちらに駆け寄ってきた。

 そこには、十年前と少し変化がある(めい)がいた。

「ヒカル、アオナお茶」

 命は以前と変わらないポーカーフェイスで無表情だが、最近はよく笑うようになってきた。

 こんな天気だった。

 (あおい)が死んだのは。

 蒼が死んでから、十年後、俺たちは結婚し、娘に恵まれた。

 命は名字が長瀬(ながせ)から心崎(しんざき)に変わり、身長もあれから少し伸びた気がする。

 学生時代にはなかった色気がでてきて、年相応の妖艶(ようえん)さがある。

「パパぁ! もっとあそぼ!」

 葵菜は遊んで遊んでと俺からしがみついて離れない。

 パパっ子なのだ。

「ごめん、パパ疲れちゃったからちょっと葵菜も休憩しようか」

「え~! あそびたい!」

「お茶を飲んだら少し休憩しなきゃ熱中症になるぞ?」

「ねっちゅうしよう? パパ、ねっちゅうしようってなに?」

 葵菜は舌足らずなためよく言葉を間違える。

 熱中症が『ねっ、チュウしよう?』に聞こえてしまう。

 命もそれを感じたのか、クスクスと笑っている。

「熱中症っていうのは……しんどくなることだな」

「しんどくなるの? やだ!」

「だろ? じゃあ、休憩しなきゃな」

「はーい!」

 葵菜はそう言って、俺の隣でお茶をくぴくぴと飲む。

「ヒカル、今日何の日かわかる」

 命がそういう日はみっつしかない。

 ひとつ目の葵菜の誕生日はもう、五ヶ月前に過ぎた。

 ふたつ目の結婚記念日は二ヶ月後。

 みっつ目の蒼が死んだ日。

 今日は蒼が死んでから、十年が経った。

 時の流れは残酷に進んで、止まってくれない。