恋愛に興味を示す人間ほど面倒なものはない。

 僕は、そう思う。

 ニヤニヤしながら輝がこちらに駆け寄ってきた。

「蒼! 飯島、おはよう! 朝からイチャイチャやってるなぁ」

「おはよう。朝から悪いね」

心崎(しんざき)君おはよう! えへへ……」

 僕はいつも通りに飯島さんは、はにかみながら、輝に挨拶をした。

「俺も(めい)と付き合い始めた当初はよく人目気にせずイチャイチャしてたな~」

 輝は懐かしむように、目をつむっていた。

 君たちは今も人目気にせずイチャイチャしてるよ?

 僕は慣れてるから言わないけど、結構周りからの視線が怖いからね。

 特に男の子。

 憎々しげな視線が集まってるのにそれに気が付かない……いや、言い方を変えよう。

 ものともしない輝たちは逆に凄いよ?

「それにしても、輝。赤点回避おめでとう」

「急に話題を変えたな。そうだなぁ。これで補習だけだなー」

 補習がある輝はそう言えば、夏休みに皆で集まらなかった時に『補習むり、しんどくて死にそう』みたいなラインを送ってきた。

 その時は『頑張れ』と返して鼓舞していたが、結構辛そうだったのも分かる。

 あの生活指導の先生怖いらしいからね。話したことないから分からないけど。

「補習、頑張ってね」

「おう。もちのろんよ。命と遊べないからな」

 そういや、あと三日で創立記念日だ。

「飯島さん」

「なぁに? 不知君」

「その、創立記念日に遊びに行かない? ()()()

 二人での部分を強調して、僕は言った。

 もちろん、デートに誘うために。

「うんっ! 行こっ!」

 悩む間もなく飯島さんは笑顔で言った。

 即答で、本当に嬉しかった。

 どこ行くと聞いてきたけど、お楽しみと答えたら、

「不知君がエスコートしてくれるんだね! 楽しみ!」

 飯島さんがそう言うと同時にチャイムが鳴った。

 輝は慌てて自教室に戻る。

「やっべ! じゃあな!」

「また」

「じゃあねー!」

 僕らは輝の背に声をかけ、松本(まつもと)先生が来るまで飯島さんと他愛もない会話をした。

 何を話しても笑う彼女の笑顔が明日も、来週も、来年も、これからも続きますようにと願った。

 そうして、時間は過ぎて放課後。

 僕らは本を読んでいた。

 相変わらず、図書室には人がおらずシンとしている。

「不知くん、この小説すっごくオススメだよっ。ウルッと来ちゃった」

 飯島さんは、少し目を赤くしながら、僕に小説を渡してきた。

 元カノの自由を奪ってしまったことにより、恋愛を諦めた少年の物語だ。

「好きなのに、傷つけてしまったから好きになってはいけないって戒める主人公に本当に感動したなぁ……」

 まだ感傷に浸っているらしく、はぁと切なげな息を漏らしていた。

 飯島さんがそこまで言うくらいだから、きっといい小説だろう。

「読んでみるよ」

 飯島さんから、その小説を受け取り、僕は自身が持っていた小説にしおりを挟んで彼女が勧める小説を読む。

「不知くん、いいの? 持ってる小説読まなくて」

「飯島さんが勧めるくらいだから、絶対面白いんだろうなって思ってね」

「ふふっ……。ありがとう。あ、そうだ。そろそろ名前で呼んでよ」

「えっ?」

「『えっ?』じゃなくて。私も名前で呼ぶから、不知くんも名前で呼んでよ」

 名前で呼ぶ。

 輝はちゃんと呼べている。

 友達だから。

 だけど、飯島さんは違う気がする。

「……まさかだけど、私の名前覚えていないとかないよね?」

 僕がかつて坂本(さかもと)さんや神田(かんだ)さんの名前を覚えていない前科があるため、疑うのは無理もない。

 だけど、

「それはない」

 僕は即答で答える。

 飯島さんの名前を忘れることはない。

 結菜(ゆな)

 坂本さんや神田さん、長瀬(ながせ)が言っているからさすがに覚えている。

 普通にいい名前だと思う。

「ゆ、……ゆ、ゆ……結菜……」

 告白した時と同じくらいドキドキする。

 飯島さんは、それを聞いて驚いた顔をしていた。

「……本当に言ってくれるとは思っていなかったから嬉しいな。ありがとう蒼くんっ!」

 蒼。

 輝も神田さんも、長瀬も言ってくれているが、やはり、いいじ──違った。結菜が言ってくれると感じ方が違う。

「ねぇ、結菜さんじゃだめ?」

「だめー!」

 ブーと言って、唇を尖らしながら、結菜は言う。

「じゃあ、結菜ちゃんは?」

「彼氏に『ちゃん』付けはなんか嫌だなぁ。友達だからこそのあれってあるでしょ?」

 友達だからこそのあれが何を指すのか分からないが、なんにせよ、僕は結菜と呼ばなきゃいけないようだ。

「分かったよ……。じゃあ、改めまして、よろしく。──結菜」

「こちらこそ、よろしくねっ! ──蒼くんっ!」

 僕らは告白し想いが実った時と同じように握手を交わす。

「ふち……間違っちゃった。うふふ……。『不知くん』って呼ぶのが慣れちゃってるからつい口に出ちゃうね」

「僕もだよ。疲れているときとか慣れていないときに『飯島さん』って呼んじゃいそう」

「別にそれでもいいけど、やっぱりせっかく付き合ったんだし、〝特別な証〟が欲しいよね」

「特別な証ね」

「そう。メイメイや心崎くんみたいにさ。お互いを名前で呼び合ったり。些細な事で笑い合ったり。そんな楽しい時間が送れたらいいなぁって思っているよ。これはその第一歩」

 もちろん、こうして本を読んでいるのも私たちのだけの特別な証だよっ! と飯島さんは言う。

 そうかもしれない。

 まだ恋愛初心者の僕には分からない。

 けど、この心も結菜と育んでいくのだろう。

「結菜、その……、初デートは僕についてきてくれますか?」

「もちろん! 期待してるよ!」

 結菜は今日一番の笑顔でそう答えた。