チャプンと湯が音を立てる音だけが浴室に響く。
僕も父さんも音を出してたまるかと沈黙を守っている。
だが、この沈黙は、数秒前は僕がシャワーをしていた音で流されていたのだ。
本当に気まずい。
「……彼女」
父さんが、この重い沈黙を破った。
「え?」
聞き取れなかったため、聞き返す。
「彼女出来たんだってな」
父さんに言われると、心がむず痒くなる。
「うん」
父さんは、ふぅとため息をついた。
その中に込められている感情は、嬉しさだと表情の柔らかさから分かった。
「俺は嬉しいよ。息子に大切な人が出来て」
父さんも、輝も同じことを言っている。
「俺はなぁ……。昔はお前と似ていた。本ばかりを読んでいて、青春を送らなかった」
父さんが僕と同じ生活を送っていたことに驚く。
もの静かで、威圧的な父親だが、決して僕のような暗い人生を送っているはずがないと思っていた。
ここでひとつ疑問が湧いた。
「母さんとはいつ出会ったの?」
「大学の文芸サークルで出会ったんだ」
「母さんってどちらかと言えばボーイッシュ系で体育会系だよね。なんで?」
「はじめは色々なサークルで活動してその中の気休め程度だったらしい。でも、物語を書くことが楽しくなって二年間くらいはほとんど文芸サークルで活動していたなぁ」
いつの間にか、父さんの口調が、優しいものに変わっていた。
「そこで、俺が出した短編のキャラクター達が碧に酷似していたんだ。もちろん、故意にな。それで、その小説イコール告白って感じだ」
不知碧は母さんの名前で、たしか旧名が長谷川だっけ?
なるほど。
それで、父さんと母さんはこうしているわけか。
「俺は……幸せ者だよ。蒼、幸せになってくれ。父さんと母さんがビックリするくらいな」
〝息子の幸せを考えない父親なんていない〟と小説でそんなセリフがあったけど、まさにその通りだと思う。
父さんは、僕らの幸せを考えてくれていた。
怪訝な態度は照れ隠しとでも言えばいいのだろうか。
だったら、僕は父さんに誇れるくらい幸せになろう。
「うん」
なって見せるよ。
人は変われるから。
父さんと話すのは、少し怖かった。
正直、なにを話せばいいのか分からなかった。
威圧的で、頑固で、意地っ張りで。
年中無休の無表情。
そんな印象があったから。
だけど、浴槽で笑顔を見せている父さんは、紛れもなく、僕との会話が楽しそうで嬉しそうだった。
「久しぶりにこんなに長風呂したよ……。熱い」
「はっはっは……。俺は普段これくらい入ってるぞ。風呂で疲れがとれるからな」
「そうなの? 凄い」
いつの間にか友達のように僕らは話し合う。
「まぁ、俺は父親として蒼に厳しい事を言う。それはお前が成長してほしいからだ。でも、一番は楽しんで生きてくれたらそれでいい。彼女と上手くいくといいな」
「うん。ありがとう。応援していてほしい」
ニヤリと口角をあげて、父さんは笑った。
鼻唄を歌いながら、浴室で着替えて、いつも通り、椅子にドカッと座って、缶チューハイを飲んでいる。
その様子が楽しそうで、僕まで嬉しかった。
彼女が出来たことによって、家族の仲にまた熱を帯び始めた。
飯島さんが与える影響は、やはり凄いものだと思う。
それから、僕はいつも通り小説を読んで寝ることにした。
机の上には、二枚の水族館のチケットが置いてある。
これを見る度に、飯島さんが楽しそうにはしゃぎながら、僕の手を引っ張って水族館内を走り回るそんな光景が目に浮かんでくる。
楽しいデートになるといいな。
僕はそんな期待を持ちながら、瞼を閉じた。
夢の中で、僕は飯島さんとデートをしていたのかもしれない。
僕も父さんも音を出してたまるかと沈黙を守っている。
だが、この沈黙は、数秒前は僕がシャワーをしていた音で流されていたのだ。
本当に気まずい。
「……彼女」
父さんが、この重い沈黙を破った。
「え?」
聞き取れなかったため、聞き返す。
「彼女出来たんだってな」
父さんに言われると、心がむず痒くなる。
「うん」
父さんは、ふぅとため息をついた。
その中に込められている感情は、嬉しさだと表情の柔らかさから分かった。
「俺は嬉しいよ。息子に大切な人が出来て」
父さんも、輝も同じことを言っている。
「俺はなぁ……。昔はお前と似ていた。本ばかりを読んでいて、青春を送らなかった」
父さんが僕と同じ生活を送っていたことに驚く。
もの静かで、威圧的な父親だが、決して僕のような暗い人生を送っているはずがないと思っていた。
ここでひとつ疑問が湧いた。
「母さんとはいつ出会ったの?」
「大学の文芸サークルで出会ったんだ」
「母さんってどちらかと言えばボーイッシュ系で体育会系だよね。なんで?」
「はじめは色々なサークルで活動してその中の気休め程度だったらしい。でも、物語を書くことが楽しくなって二年間くらいはほとんど文芸サークルで活動していたなぁ」
いつの間にか、父さんの口調が、優しいものに変わっていた。
「そこで、俺が出した短編のキャラクター達が碧に酷似していたんだ。もちろん、故意にな。それで、その小説イコール告白って感じだ」
不知碧は母さんの名前で、たしか旧名が長谷川だっけ?
なるほど。
それで、父さんと母さんはこうしているわけか。
「俺は……幸せ者だよ。蒼、幸せになってくれ。父さんと母さんがビックリするくらいな」
〝息子の幸せを考えない父親なんていない〟と小説でそんなセリフがあったけど、まさにその通りだと思う。
父さんは、僕らの幸せを考えてくれていた。
怪訝な態度は照れ隠しとでも言えばいいのだろうか。
だったら、僕は父さんに誇れるくらい幸せになろう。
「うん」
なって見せるよ。
人は変われるから。
父さんと話すのは、少し怖かった。
正直、なにを話せばいいのか分からなかった。
威圧的で、頑固で、意地っ張りで。
年中無休の無表情。
そんな印象があったから。
だけど、浴槽で笑顔を見せている父さんは、紛れもなく、僕との会話が楽しそうで嬉しそうだった。
「久しぶりにこんなに長風呂したよ……。熱い」
「はっはっは……。俺は普段これくらい入ってるぞ。風呂で疲れがとれるからな」
「そうなの? 凄い」
いつの間にか友達のように僕らは話し合う。
「まぁ、俺は父親として蒼に厳しい事を言う。それはお前が成長してほしいからだ。でも、一番は楽しんで生きてくれたらそれでいい。彼女と上手くいくといいな」
「うん。ありがとう。応援していてほしい」
ニヤリと口角をあげて、父さんは笑った。
鼻唄を歌いながら、浴室で着替えて、いつも通り、椅子にドカッと座って、缶チューハイを飲んでいる。
その様子が楽しそうで、僕まで嬉しかった。
彼女が出来たことによって、家族の仲にまた熱を帯び始めた。
飯島さんが与える影響は、やはり凄いものだと思う。
それから、僕はいつも通り小説を読んで寝ることにした。
机の上には、二枚の水族館のチケットが置いてある。
これを見る度に、飯島さんが楽しそうにはしゃぎながら、僕の手を引っ張って水族館内を走り回るそんな光景が目に浮かんでくる。
楽しいデートになるといいな。
僕はそんな期待を持ちながら、瞼を閉じた。
夢の中で、僕は飯島さんとデートをしていたのかもしれない。