輝と長瀬がこの三時間ほどを費やしたことはほとんど尋問といって差し支えはない。

 輝からの質問攻めと長瀬の痛いところを突く指摘。

「アオイちゃん、ユナちゃんがそこで理想を言ったのなら、それをすべきだった」

「ヤバイな。小説を書いてから、告白とか。くはぁ~! キュンキュンするわー!」

 長瀬の指摘は返す言葉もない。

 確かに飯島さんは、小説で放課後に告白されるシュチュエーションに対して、『これでどうかな? 私が憧れるシュチュエーションだよ!』と言っていた。

 なら、僕は日を改めてそうすべきだったのだろうけど、飯島さんが口を滑らせて想いを口にしてくれたおかげで、僕も伝える事が出来た。

 今日の僕、飯島さんのことしか考えていないかも。

「そういえば、ヒカル、アオイちゃん、もうすぐ高校の創立記念日」

「そうだね」

「そういやそうか。命、どこ行く?」

「私たちのデートも大事。だけどアオイちゃんのデートはもっと大事。初めてのデートで今後が決まる」

 それを聞いた輝は普段なら、

『なんだよー、彼氏より友達の恋を取るのかー!』

 みたいな事を言いそうだけど今日は違った。

「だなぁ。それよりどこに行くんだ?」

「私が昨日、アオイちゃんにたまたま会って、あげた水族館のチケットがある。私はその帰りに告白するのかと思っていたけど、アオイちゃんの行動が思ったより早かったからびっくりしている」

「俺も予想外だった。お互い好きな様子は見てて伝わっていて、蒼が俺たちに相談してきて確信したけど、まさかここまで早く付き合うとは思ってもなかったな」

 輝はヘラヘラとあの日を振り返りながら言う。

「アオイちゃん、ユナちゃんとの初デートは水族館にするべき。初めてのデートは失敗しやすい。彼女や彼氏が出来たのが初めてならなおさら」

「分かる。俺達は昔から仲がよかったのもあってお互いの事を知ってるから大丈夫だったけど、蒼はそうもいかないよな。ぶっちゃけ、飯島のことあんまり知らないだろ?」

 確かにそうかもしれない。

 僕はまだ、飯島さんの事をほとんど知らない。

 誕生日だって知らないし、好きな食べ物だって知らない。趣味も、ファッションも。

 ……あれ? 全然知らないね。

「確かにそうだね……」

「だからよ。ここは命の助言に従っていた方がいいぜ」

「分かったよ。長瀬、チケットありがとう」

「全然。まだ私たちはアオイちゃんに返せていないから。世の中はギブアンドテイクで生きていくしかないから」

 まぁ、これが輝たちとのやり取りだ。

 ちなみに、長瀬が言った最後の言葉を結構気に入っている自分がいる。

 あれから、お菓子を食べて雑談をしていると、いつの間にか時間は過ぎて21時なっていた。

 さすがに二日連続でご飯を食べないのは家族に申し訳ないので、今回は先に食べていてとラインを送って、輝の家で楽しく過ごした。

 輝たちと別れ、家に帰って、魚のフライに手をつけようとした時、母さんが口を開けた。

「あ、そうだ蒼。彼女出来たんだって?」

「は?」

 フライを掴もうとした箸が空を切る。

 なんで母さんが知っているんだ。

 僕は長瀬と輝しか言っていない。

 昨夜、アカ姉にチケットが見つかったものの、あの時は飯島さんの事を彼女ではないと言ったし、告白することはバレたものの結果を教えてはいない。

「アンタ、顔に出てるよ。一番幸せそうな顔してるし。(あかね)も言っていたけどやっぱアンタ、だめねー。モロバレ。その子が悪い女だったらアンタ、遊ばれてるよ」

 母さんの言い方に少し腹が立ったが、これで確信した。

 僕はアカ姉の指摘通り、結構顔にでやすいようだ。

「それ初めて知ったよ。というか、誰に聞いたの?」

「おっ、その言い方は肯定でいいってこと? 輝君のお母さんに聞いたの。今日スーパーで会ったときに言ってた。『息子が蒼君に彼女さんが出来たと言っていたのですが……。ご存じですか?』ってね。知らないって答えたら、どこで告白したとか丁寧に教えてくれたよ。アンタ、結構ロマンチストじゃん」

 母さんは嬉しそうにはにかみながら、語る。

 というかやっぱり輝か。

 トイレが長いと思っていたら、その時にラインで送っていたに違いない。

「やっぱり嬉しいの?」

「アンタ……。バカ? いや、天然か。そりゃ、そうでしょうよ。アンタみたいな読書おバカを誰が好いてくれるんだろうって思ってるよ。茜は名前が変わるんだし、不知家を継ぐのはアンタしかいないからね。ようやく二次元から三次元に移ったかって思ったよ」

 母さんの言い方はともかく、僕に彼女が出来たことに大いに喜んでいるのは分かった。

「母さん、産んでくれてありがとう」

「ははっ。なにいってんのさ。アンタはいつものアンタらしく、本読んで、自分(こじ)らして、面倒くさそうに生きてくれたらいいんだよ。アンタらが幸せだったら、あたしらは何もいらない。それが親でしょ」

「父さんに話したら喜んでいたよ。『やっと蒼を見てくれる人が出来た』って。こりゃ、茜が結婚するっていいだしたら、『娘はやらんっ!』とか言いそうだね」

「確かに。父さん頑固だからね」

 本当によかった。

 僕は父さんが苦手だった。

 無口だし、人に興味を示さない。

 そして、頑固。

 ……あれ? これ、僕もそうじゃない?

 圧が凄いから、小さい頃は父さんに近づかないようにしようと心がけていた。

 でも、本当は凄くいい人だった。

「……ただいま」

 噂をすればなんとやら。

 父さんが帰ってきた。

「おかえり……」

「おかえりなさい」

 父さんに返事をしたとき、目があった。

「蒼」

 スーツを脱ぎながら、父さんは言う。

「久しぶりに風呂、入らないか?」

 昔はよく父さんと銭湯に行っていたが、最近はほとんど行かなくなったし、風呂も一緒に入ることはなくなった。

「裸の付き合いでどうだ? そして、ノリを覚えろ」

「うん、入るよ」

「……そうか。先に入っておくからな」

 父さんは僕の意外な返事に一瞬、戸惑いを見せたものの浴室に行き、戸惑いを隠した。

「……本当に頑固」

「やっぱり、蒼は父さんと似てる……」

「本当?」

「マジ」

 僕は、ご飯を出来るだけ早く食べて、父さん待つ浴室へと足を運んだ。

 《第3話 完》