六時間の試験が終わり、張り詰めた空気は弛緩し、和気あいあいとした生徒の会話で廊下は埋まっていた。

 さて、今日はなにをしようかな。

 図書室でも行って、読書をしようか、そう思っていると隣で帰りの支度(したく)をしている飯島さんから声をかけられた。

「不知くん、試験どうだった?」

「んー、国語はいつも通りかな。数学と現代社会と科学はいつもより出来ているかも。英語と簿記はちょっと空白が多かった気がするよ」

 自己採点はこんなものかと飯島さんに伝えると、僕が聞く間もなく、伝えてきた。

「私はね、逆に国語が危ないかもしれない……。今回の古文難しかったからね……。あ、あと科学も! すいへいりーべーだけじゃだめだったかも……」

 ふにゃふにゃと効果音がでてきそうなほど、頭を力なく下げる飯島さん。

 たしかに古文は難しかった。

 科学は今回は教科書からよく出ていた。

 夏休み前のテストではプリントからだったのに。

 意地が悪い。

 飯島さんのそんな態度も、一変して笑顔になり、仕方ないよねと苦笑していた。

「あ、そうだ不知くん! 今から桜ちゃん達とご飯食べに行くんだけど不知くんも来ない?」

「それって電車で直接?」

「うん。その予定だよ」

「ごめん、僕自転車登校だから行けないや」

「あ、そっか。そういえばそうだったね。また、今度いこうね」

「うん、また今度」

 飯島さんと長く居たかったが、さすがにこれ以上話していると坂本さん達に申し訳ない。

 そう思った僕は、自宅に帰ることにした。

 自転車をキコキコと漕いでいると、途中見知った顔が反対車線から来た。

 一度、自転車を停止しその子の所へ行く。

「あ、やっぱり長瀬だ。どうしたの? その格好」

「アオイちゃん、いつも自転車で学校行ってるの」

「うん。そうだよ」

 長瀬は自転車の荷台にクーラーボックスに入った何かを運んでいる所だった。

 オレンジ色で統一されたその店の制服……だろう服に身を包み、これもオレンジ色のキャップを被っている。

「今はバイトしている。あ、そうだ。同じシフトの人から水族館のチケット貰った」

 長瀬は胸ポケットをガソゴソと漁り、二枚のチケットを手渡す。

 それは近所で有名な水族館のチケットで二人分あった。

「ユナちゃん、ペンギン好きなんでしょ。一緒に行ったら」

「いやいや、悪いよ。その人は長瀬達の事を考えてくれたんでしょ? 輝と行ったら?」

「むー……。アオイちゃんもバカなの。素直に受けとりなさい」

 なぜかバカよわばりされて、母親のような口調で話される。

 えっと、これ、僕が悪いの?

「……分かったよ」

「ありがとう」

 長瀬は受け取るのを見ると、口元を緩ませた。

「それじゃあ」

 長瀬はまた無表情のまま、自転車を漕ぎ始めた。

「頑張って」

 僕は小さくなる背中にそう言った。

 ここで、あれ? と感じた。

 なぜ、長瀬はバイトをしているんだろう。

 彼女がバイトをしていた理由は僕は永遠に分かることはなかった。