「そう。ヒカルも聞いたの」

「おう。命は知ってたのか?」

 あれから、輝は長瀬を呼んで、作戦会議をしていた。

 ここに来たとき、懐かしいと声を漏らしていた。

「うん。初めてユナちゃんにあったとき、アオイちゃんの目がヒカルが私といるときと同じ目をしていたから知ってた」

「俺、命といる時どんな目をしてるんだよ……」

 輝の目を見ると、普段の不良っぽい強気な瞳はどこやら、とろんとして優しい目になっていた。

「……まぁ、アオイちゃんは顔に出やすいからすぐに分かる。たぶん、サクラちゃんやヒナちゃんにもバレてると思う」

「……そっか」

 飯島さんが鈍感なはずがない。

 長瀬は言わないだけで、飯島さんも気がついているということを知っているのだろう。

「アオイちゃん」

「ん?」

「人を好きになるって、必ずしもいいことばかりじゃないのは知ってる」

「うん」

「その人に好意が伝わるまでは痛いし、苦しい。そして、結ばれたとしても合わないことだってある」

 長瀬は輝の方を見る。

 僕は知っている。

 本人から相談を受けた訳じゃないが、一時期あまり輝と長瀬が話さない時期があった。

 でも、それを、乗り越えたこそ彼らには今の幸せがある。

「アオイちゃんなら、きっと大丈夫。ユナちゃんと幸せを掴んで。昨日も言ったけど、アオイちゃんが私とヒカルを付き合うキッカケを与えてくれたように、私もユナちゃんとアオイちゃんが付き合えるように手伝いたいから」

「ありがとう」

 本心からでた言葉だった。

 僕には、こんなに考えてくれる友達がいる。

 そして、こんなにも恋を応援してくれる幼馴染みがいる。

「その、もうすぐ創立記念日だろ? その日遊びに行ったらどうだ?」

「それいいと思う」

「去年行ったもんな」

 長瀬も賛成のようだ。

 僕らが通う高校の創立記念日があと一週間ほどである。

 なるほど、その日に遊びに行くのか。

 ちなみに、長瀬と輝は去年のその日が休日だったこともあり、デートに行ったらしい。

「うん。そうしようかな」

「蒼、勇気をだせよ」

「あぁ」

 勇気。

 その言葉が心に響く。

「よーし、今日は焼肉行こうぜ」

「輝の奢り?」

「ちゃうわ! そんなわけねぇだろ! 割り勘だよ割り勘だよ!」

「明日テストでしょ二人とも。勉強しなくていいの」

「蒼に教えてもらうから大丈夫」

「いや、もう前日だし限界あるでしょ」

「蒼も命もつべこべ言わずに行こうぜ!」

 輝の強引さに僕と長瀬は同時にため息をついた。

 だけど、その顔には笑みが張り付いている。

「ふふっ……、相変わらず、強引だね……」

「うん。だけど、そこを好きになった」

「「え?」」

 僕と輝は同時に声をあげる。

 長瀬はこれは参ったと言わんばかりに顔を真っ赤にして俯いた。

 歩いて、焼肉屋に行き、三人で七輪を囲う。

「やっぱ、肉美味いよな」

 煙が名前が分からない排気排煙機器によって、吸い込まれる。

 他のお客さんの喋り声と、肉を焼く音が空間に漂っている。

「しっかし、明日のテスト嫌だよなー、なんで夏休み明けにあるんだよーチクショー」

 輝は、酔っ払って結構仕上がってきた中年のオッサンのように呟く。

 お酒、飲んでないよね。

 輝の隣に座っている長瀬は、そんな彼を見向きもせずに肉を食べることに集中している。

 スルーすることも出来たけれど、なんだか輝が可哀想になってきたので、

「んー、まぁ、めんどうではあるけど早く帰れるからいいじゃないかな?」

 僕がトングで肉を焼きながら、答えると、

「センキュ。まぁ、そうだけどよー。たった授業ひとつ分しか変わらねぇからな。いや、ひとつ分でもでかいか。いや、小さいか?」

 うーんと唸りながら、輝はパンダが運営しているカードマンのような顔になる。

 そんなに考え込まなくてもいいのに。

 輝のおかしな行動に苦笑してしまう。

「長瀬、肉いる?」

「いる。ありがとう」

 もきゅもきゅと長瀬が肉を頬張る。

 美味しそうに食べるなぁ。

「飯島さんもそうだけど」

「おっ、どうした?」

「なに」

 輝は、前のめりになって、長瀬は肉を食べていた箸をとめて僕に聞いてきた。

「あ、いや、その、なんで女の子って食べ方が綺麗なんだろうなって思って」

 かなり口ごもってしまった。

「あー、確かにな。命、食べ方綺麗だし、美味しそうに食べるから作りがいあってよー」

「作りがい?」

 僕がオウム返しのように訊ねると、輝は、

「あれ? この話蒼にしなかったっけ?」

 と疑問符で聞いてきた。

「何の話?」

「三ヶ月くらい前の事かな。命を家に呼んだ日があって、その時に俺の手料理だしたんだよ。たしかハンバーグだったけれど、その時の命の美味しそうに食べる顔を思い出して──あいたっ!」

 今度こそ、顔を真っ赤にした長瀬は輝の頭をチョップした。

「……アオイちゃん。……今の話、忘れて」

「はい……」

 僕が長瀬に向かって敬語を使っているのは、彼女が今にも恥ずかしさで泣きそうだったからだ。

 泣かれたら、困る。

 今でこそ、感情をほとんど表にださない長瀬だが、幼稚園の頃はすごく泣いていたらしい。
 あんまり、よく覚えていないが。

 一度泣くと、泣き止むまでが大変だったと嘆いている幼稚園の先生が話していたということだけを覚えている。

 お腹が膨らんできたというのもあり、長瀬の機嫌をこれ以上損ねないために、デザートを頼むことにした。

 なにかよく分からないマンゴーにイチゴ、チョコレートと色々トッピングされた見るからに甘そうなパフェを前に、長瀬は年相応に笑っていた。

 普段のクールな表情とのギャップに惚れそうになるのは分からなくもない。

 長瀬の笑顔を見れたからか、輝も今日一番の笑顔になっている。

「やっぱり、命は笑顔が似合うよな」

「……輝も」

 長瀬の思わぬ返事に僕は驚き、輝は机に突っ伏して悶えていた。

 足バタバタしないで、当たって痛いから。