「ちょっと、俺、トイレ行ってくるわ!」

「あ、私、ソフトクリームのおかわり取ってくるねー!」

「んじゃ、飲み物入れてこよ。結菜も行くやんな?」

「うんっ!」

 数曲、皆が歌い終わった頃、それぞれ、トイレやソフトクリーム、飲み物のおかわりをするため、ばらばらと部屋から出ていった。

「いってらっしゃい」

 そう返して、僕は小さくため息をつく。

 もう、飯島さんの顔を見ることすら出来なくなっている。

 残されたのは、僕と長瀬。

 さっきまでの騒がしかった喧騒がうそのように静まり返り、新曲を報じるカラオケ番組のナレーションの声だけが、音となって流れている。

「アオイちゃん、どうしたの。今日ずっと暗い」

 長瀬が沈黙を破り、僕に話しかけてきた。

「そうかな。もしかしたら、小説読みすぎて寝不足になっているのかもね」

 この気持ちを悟られぬようにはにかみながら出任せの嘘をつく。

「うそ」

 すぐに帰ってきた言葉は否定の言葉だった。

「……え?」

 訳もわからず、間抜けな声を出してしまう。

 もしかして、気が付いているのだろうか。

「ユナちゃんでしょ」

 長瀬は、気が付いていたんだ。

 無理もないのかもしれない。

「アオイちゃんは、前に皆で勉強した時から、ユナちゃんの事を見ていた。ヒカルと似ていたから私にはすぐにわかった」

 確かに、輝は僕らと関わり始めた当初、長瀬の事をよく見ていたような気がする。

 ここでもし、否定をしても、長瀬との友好関係は変わらないはずだ。

 それに、長瀬は、人が嫌がることを絶対にしない。

 これでも、長年の付き合いだ。

 ここでもし、協力してもらえるように頼めば飯島さんにさらに好印象を与えれるかも知らない。

 長瀬は、僕の返答を待っていた。

 じっと見つめてくるその瞳には、「ちゃんとアオイちゃんの気持ちは理解している」とでも言いたげだ。

「……実は」

 声が震える。

「僕は」

「飯島さんの事が好きなんだ」

 言い終えたあと、本人に伝えていないのにも関わらず、顔が熱くなり、脳がふわふわと浮いているような気分になる。

「そう。やっぱり」

「よかった」

 長瀬のその言葉の意味は今でも分からない。

「アオイちゃんは、もっと素直になったほうがいい」

 素直。

 改めて、思うと僕は素直なのだろうか。

 きっと、素直になれていないのだろう。

 だから、こうして、飯島さんへの想いを受け入れられなくて苦悩している。

 そして、今まで誰かに好意を寄せたことがない僕からそんな話がでたからか、長瀬の頬は輝にからかわれた時と同じくらい紅潮していた。

「もし、ユナちゃんの事で迷ったら私に連絡して。アオイちゃんが私とヒカルを付き合うキッカケを与えてくれたように、私もユナちゃんとアオイちゃんが付き合えるように手伝いたい」

 久しぶりに聞いたかもしれない長瀬の本音。

 僕は大した事はしていない。

 輝が花壇を荒らしてしまって、たまたま、僕らが体育の授業で組んで。

 それから、仲良くなったのは輝のコミュニケーション能力があったからで。

 僕と長瀬がこうしているのは、幼馴染みだからで。

 でも……。

 長瀬にこれを言わなければ、こうして協力してくれなかったわけで。

「ありがとう……。頑張るよ」

「うん。でも、無理しちゃだめ」

「分かっているよ」

 こうして、長瀬が僕の恋に協力的になってくれた事によって、結果が大きく変わったのかもしれない。