それから数日後、僕らは集まることになった。

 予定していた勉強会は今日と最終日にする事になり、最終日はカラオケやミニゲーム大会などの娯楽も挟むらしい。

 僕は文庫本と勉強道具一式を手提げに詰めて、歩いて待ち合わせのファミレスに向かった。

 ふと、文庫本を手にした時に気がつく。

 こうして、文庫本を手にしたのは二日ぶりだった。

「あっ、不知君、おはよう!」

 飯島さんと輝は手を大きく振って、長瀬は無言で、神田さんは笑って手を上げて、坂本さんは、酔っ払った中年オヤジのように肩を組んで、

「不知、おはよ。今日は勉強教えてな」

 と言ってきた。

 しかも、耳元で、

「ジュース奢って」

 と言われた。

 得体の知れない快感がゾクゾクと体を震わせるが、とりあえず、僕はその言葉に従うことにした。

 ちかっ。……坂本さんのスキンシップにはまだ慣れない。

 そして、これからも慣れそうにない。

「ありがと」

 坂本さんは、ジュースを受け取ると、肩を組むのを止めた。

 なんだったんだろ……。

「中に入ろっか!」

 いつも通り、飯島さんは明るい声で言う。

 少しその声に僕は違和感を感じてしまった。

 どこか、飯島さんらしくない明るさの中に混じった不安を感じさせるような声量。

 僕の思いすぎなのかもしれないけど飯島さんが少し儚げに見えた。

 そんな事を考えていると、スタッフさんから、呼ばれて僕らは席に向かった。

 席につき、一通り飲み物の注文を終えてから、勉強道具をだす。

「よし、始めよっか」

 飯島さんの言葉でそれぞれ問題を解き始める。

 僕は数学の問題を解いていた。

 この因数分解の問題、割りきれないな。

「飯島さん、ここの問題、分かる?」

「んー……。ちょっと待ってね、不知君……。ごめん、ちょっと分からないや。難しいね」

 飯島さんにしては珍しいな。

 この単元が苦手だったのかもしれない。

「結菜がわからんって珍しいな。どれ?」

 坂本さんに見せると、彼女は思いのほか、丁寧に解説してくれた。

「この問題はたすき掛けをやったらええねん。かけて足す、これでいけると思うわ。やってみ」

 坂本さんに教わったやり方でやってみると、すぐに解けた。

「ありがとう。忘れてたよ」

「ええってええって。困った時はお互い様よ」

「ごめんね、力になれなくて」

「ううん。大丈夫だよ。ありがとう」

 飯島さんが申し訳なさそうに謝る。

 どうしたんだろう。

 なにかあったのだろうか。

 いつもとは想像できないくらい飯島さんの表情は暗い。

「私、ちょっとトイレ行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「いてらー」

 神田さんと坂本さんが声をかけ、沈黙の時間が流れた。

 これは言うべきなのだろうか。

 僕は、飯島さんとはこれでも仲のいい方だと思う。

 そして、友達だと思う。

 だから、友達には何かがあったら相談をしてほしい。

 結局迷ったあげく、これを、言うことにした。

「飯島さん、どうしたのかな。今日元気ないよね?」

 僕がひとりごとっぽく呟いてみると、坂本さんが反応してくれた。

「やっぱ、不知も気づいてた? そうやんな。結菜なんかたまにやけど落ち込む時があって。それで、聞いてみるんやけど、『大丈夫』って言うしな。もしかしたら、家庭の事かも知れんからあんま触やんようにしてたけど、不知も気づいてたなら、そうやんな。心配やけど、家庭の事やったらあたしら何にも出来へんからな」

 坂本さんの話を聞くと、前にも同じような違和感を感じた事を思い出した。

 そういや、二人でテストの前に勉強した時にそのときも帰りにそんな顔をしていた。

「まぁ、もしよかったら、不知も結菜の話聞いたってな」

 その言葉を聞いて、坂本さんは本当に友達想いなんだなと思った。

 見た目や言動はギャルのそれだけど、友達を大切に思う気持ちは特別な物なのだろう。

 輝と似ていると思う。

 彼も友達想いなのだ。

 だから、馬が合ったのかもしれない。

 会話はそこで途切れ、再び、沈黙の時間が流れた。

 それから、まもなくして飯島さんは戻ってきた。

「おかえり」

「不知くん、ただいまっ!」

 声にいつもの雰囲気が漂っていて、もしかしたら、トイレにいって気持ちを落ち着かせていたのかも知らないと考えた。

「おかえり」

 余計な事は言わずに、僕は再び、問題を解くことにした。