飯島さんたちとでかけてから、数日後、なぜか僕は昼から長瀬が通っている女子校へと足を運んでいた。
昨夜、小説を読んでいると、輝から電話が来たのだ。
『蒼、明日はヒマか?』
「まぁ、ひまだけど」
『それじゃあ、命の高校で待ち合わせしようぜ! んじゃ!』
「は? ちょっ……。切られてるし……」
坂本さんと同じく、台風みたいな人だ。
でも、その明るさと強引さのおかげで助けられている。
昔も今も輝は変わらないな。
そう思うと、笑いがこみ上げてくる。
本当に変えられたな。
誰かと共に行動することがいつしか当たり前になっていた。
少し前の僕なら考えられないことだ。
僕は、やはり飯島さんに変えられた。
それも、いい方向に。
しかし、今はこんなこと考えている暇はない。
輝たちと会うだけだし適当な服で、僕は家からでた。
いつも通り、両親は朝早くから仕事でおらず、アカ姉はあれから帰ってきていない。
それから、僕は5駅分電車にガタンゴトンと揺られ、地下から地上に上がった。
急激な温度の変化に少し気が滅入りそうになるが、水分補給と休憩を挟みながら、歩くと、そこにはビル群とまるで同じように建つ校舎が見えてきた。
現代に優しい緑の木々に囲まれ、噴水の音が聞こえる。
セミの大合唱が、まるで僕を迎えてくれたようだ。
数分、歩くと正門らしき所にスマホを触っている男の姿があった。
その男は暑さに顔をしかめ、メンチを切った不良のような顔をしている。
おー、こわっ。
まぁ、それは冗談で、その男──輝が、そこに立っていた。
彼は僕を見つけると、手を大きく振った。
「おい、蒼、おそい! クソ熱いのに待たせるなよ!」
結構お怒りのようだ。
ここで素朴な疑問を持つ人はいないだろうか。
なぜ長瀬が僕らと別の高校に通っているか。
その理由は学費が安いからだ。
僕らが通っている高校は私立高校なのだが、長瀬が通っているのは公立高校。
長瀬は、幼い頃に父親を亡くし、長瀬のお母さんがひとりで長瀬をここまで育て上げた。
だが、シングルマザーでの収入では私立高校に行かせることはできなかった。
受験の際には、僕らに何度も謝ってきたほどだ。
それゆえ、長瀬はこの公立の女子校に通っている。
だが、僕らの友好関係は変わらなかった。
それで、現在に至る。
ちなみに、長瀬は美術部に所属しており、今日は部活があったのでその帰りに声をかけて、遊びにいこうとの事だった。
「おっ、きたきた! 命ー!」
輝が長瀬の方に駆け寄ると、そこには三人の女の子の真ん中に長瀬がいた。
「アオイちゃん。ヒカル。どうしたの」
「来ちゃった♡」
「そう。アオイちゃんはついてきたの」
「うん。無理やり連れてこられた」
「俺無視なの?!」
僕らのいつものやり取りを他の女の子たちは見ていて、その内の一人の眼鏡をかけた女の子が口を開いた。
「命ちゃん、その子、彼氏?」
「どっちなの」
「えっと……その金髪の人」
「そう。私の彼氏……なんかこれ言うの恥ずかしい」
珍しく長瀬は照れて、うつむいている。
「命の彼氏でーす! 心崎輝っていいまーす!」
「不知蒼です。よろしく」
輝が常夏のビーチだとしたら、僕は極寒の雪山のような極端な温度差の自己紹介を済まして、命は僕らと合流した。
「ヒカル、さっきからにやにやして気持ち悪い。やめて」
「いや、命に友達が居たことが嬉しくてつい……」
「ついじゃない。それに、私だって友達は出来る。友達第一号はアオイちゃん。友達第ニ号兼す……素敵な、か、彼氏……はヒカル」
長瀬は、ボソボソとこちらが照れてしまいそうな言葉を口にする。
「命、マジでどうした? 今日って特別になる日なのか?」
「なに。ヒカル、気持ち悪い、スケベ、いやらしい」
「なぁ、彼氏のハートブレイクするの止めてくれ。……なに笑ってんだよ」
「……ふふっ。いやぁ、ふっ。なんだか、楽しくてさ……ぶふっ!」
笑いが止まらない。
こうして、三人で集まれたのが久しぶりだからか、僕はこの時間を純粋に楽しいと思えている。
「蒼が笑ってるところ、久しぶりに見たかもな」
「私も」
そもそも長瀬は僕と会う機会少ないでしょ。
「とりあえず、なんか冷たいもの食べようぜ」
そう言った輝に連れてこられたのは、僕らの高校の近くにある大型のショッピングセンターだった。
そこの屋台には「氷」と大きな赤字で書かれている。
その近くには、小さな休憩所と小規模の公園があり、公園で遊んだ小さな子供たちが休憩をしていた。
「おじさん、メロンソーダとブルーハワイとみぞれのかき氷お願い」
「あいよ! 450円ね!」
タオルを頭に巻き付けているおじさんは、笑顔で輝からお金を受け取る。
「そこで休憩しときな。持っていってやるから。友達と彼女を待たせたらいかんだろ?」
一発で僕らの関係を見抜くこのおじさんはただ者じゃない。
僕なら、誰がなにをしようと正直どうでもいいで済ませてしまうから、このおじさんは凄いと思う。
「ありがとう!」
輝もおじさんに負けぬ笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「親切な人だね」
「だなぁ。……蒼さ」
「ん?」
輝の語気がいつものお調子者のような明るい雰囲気から真面目な雰囲気に変わる。
「お前、飯島と出会ってから、素直になったよな」
飯島さんの名前がでた時、心臓がいつもより大きく鳴ったのを確かに感じた。
「……そうだね」
言葉を口にする事が苦しくなる。
ドキドキと大きな音が身体中に聞こえる。
なんだ、これは。
未知の感覚にめまいを起こしそうになる。
「アオイちゃん、大丈夫」
長瀬の声に我に帰ると共に、首筋にひんやりと冷たいものが触れる。
「つめった!」
「兄ちゃん、顔色悪いけど大丈夫かい? ほい、お水。そして、みぞれのかき氷。水は兄ちゃんイケメンだからオマケだ」
先ほどのおじさんがかき氷を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
僕のお礼にグッと親指を突き立てる。
そして、おじさんは屋台へと足を運ぶが、くるりとこちらに向いて、
「まぁ、ここ最近バカ暑いからなぁ。熱中症に気を付けてな。じゃ、青春楽しめよー」
わははと笑いながら、おじさんは今度こそ屋台へと帰っていった。
「アオイちゃん、大丈夫」
「うん。なんとか」
「蒼、その、わりぃ。俺、お前に嫌な想いをさせてしまったかもしれない」
「大丈夫。ちょっとめまいがしただけだから」
「マジ?」
「マジマジ」
半分嘘だ。
でも、輝たちに心配をかけるわけにはいかない。
だから、とりあえず僕はめまいだけということにしておいた。
未だ胸の中で激しい音を立てる心臓を無視して。
昨夜、小説を読んでいると、輝から電話が来たのだ。
『蒼、明日はヒマか?』
「まぁ、ひまだけど」
『それじゃあ、命の高校で待ち合わせしようぜ! んじゃ!』
「は? ちょっ……。切られてるし……」
坂本さんと同じく、台風みたいな人だ。
でも、その明るさと強引さのおかげで助けられている。
昔も今も輝は変わらないな。
そう思うと、笑いがこみ上げてくる。
本当に変えられたな。
誰かと共に行動することがいつしか当たり前になっていた。
少し前の僕なら考えられないことだ。
僕は、やはり飯島さんに変えられた。
それも、いい方向に。
しかし、今はこんなこと考えている暇はない。
輝たちと会うだけだし適当な服で、僕は家からでた。
いつも通り、両親は朝早くから仕事でおらず、アカ姉はあれから帰ってきていない。
それから、僕は5駅分電車にガタンゴトンと揺られ、地下から地上に上がった。
急激な温度の変化に少し気が滅入りそうになるが、水分補給と休憩を挟みながら、歩くと、そこにはビル群とまるで同じように建つ校舎が見えてきた。
現代に優しい緑の木々に囲まれ、噴水の音が聞こえる。
セミの大合唱が、まるで僕を迎えてくれたようだ。
数分、歩くと正門らしき所にスマホを触っている男の姿があった。
その男は暑さに顔をしかめ、メンチを切った不良のような顔をしている。
おー、こわっ。
まぁ、それは冗談で、その男──輝が、そこに立っていた。
彼は僕を見つけると、手を大きく振った。
「おい、蒼、おそい! クソ熱いのに待たせるなよ!」
結構お怒りのようだ。
ここで素朴な疑問を持つ人はいないだろうか。
なぜ長瀬が僕らと別の高校に通っているか。
その理由は学費が安いからだ。
僕らが通っている高校は私立高校なのだが、長瀬が通っているのは公立高校。
長瀬は、幼い頃に父親を亡くし、長瀬のお母さんがひとりで長瀬をここまで育て上げた。
だが、シングルマザーでの収入では私立高校に行かせることはできなかった。
受験の際には、僕らに何度も謝ってきたほどだ。
それゆえ、長瀬はこの公立の女子校に通っている。
だが、僕らの友好関係は変わらなかった。
それで、現在に至る。
ちなみに、長瀬は美術部に所属しており、今日は部活があったのでその帰りに声をかけて、遊びにいこうとの事だった。
「おっ、きたきた! 命ー!」
輝が長瀬の方に駆け寄ると、そこには三人の女の子の真ん中に長瀬がいた。
「アオイちゃん。ヒカル。どうしたの」
「来ちゃった♡」
「そう。アオイちゃんはついてきたの」
「うん。無理やり連れてこられた」
「俺無視なの?!」
僕らのいつものやり取りを他の女の子たちは見ていて、その内の一人の眼鏡をかけた女の子が口を開いた。
「命ちゃん、その子、彼氏?」
「どっちなの」
「えっと……その金髪の人」
「そう。私の彼氏……なんかこれ言うの恥ずかしい」
珍しく長瀬は照れて、うつむいている。
「命の彼氏でーす! 心崎輝っていいまーす!」
「不知蒼です。よろしく」
輝が常夏のビーチだとしたら、僕は極寒の雪山のような極端な温度差の自己紹介を済まして、命は僕らと合流した。
「ヒカル、さっきからにやにやして気持ち悪い。やめて」
「いや、命に友達が居たことが嬉しくてつい……」
「ついじゃない。それに、私だって友達は出来る。友達第一号はアオイちゃん。友達第ニ号兼す……素敵な、か、彼氏……はヒカル」
長瀬は、ボソボソとこちらが照れてしまいそうな言葉を口にする。
「命、マジでどうした? 今日って特別になる日なのか?」
「なに。ヒカル、気持ち悪い、スケベ、いやらしい」
「なぁ、彼氏のハートブレイクするの止めてくれ。……なに笑ってんだよ」
「……ふふっ。いやぁ、ふっ。なんだか、楽しくてさ……ぶふっ!」
笑いが止まらない。
こうして、三人で集まれたのが久しぶりだからか、僕はこの時間を純粋に楽しいと思えている。
「蒼が笑ってるところ、久しぶりに見たかもな」
「私も」
そもそも長瀬は僕と会う機会少ないでしょ。
「とりあえず、なんか冷たいもの食べようぜ」
そう言った輝に連れてこられたのは、僕らの高校の近くにある大型のショッピングセンターだった。
そこの屋台には「氷」と大きな赤字で書かれている。
その近くには、小さな休憩所と小規模の公園があり、公園で遊んだ小さな子供たちが休憩をしていた。
「おじさん、メロンソーダとブルーハワイとみぞれのかき氷お願い」
「あいよ! 450円ね!」
タオルを頭に巻き付けているおじさんは、笑顔で輝からお金を受け取る。
「そこで休憩しときな。持っていってやるから。友達と彼女を待たせたらいかんだろ?」
一発で僕らの関係を見抜くこのおじさんはただ者じゃない。
僕なら、誰がなにをしようと正直どうでもいいで済ませてしまうから、このおじさんは凄いと思う。
「ありがとう!」
輝もおじさんに負けぬ笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「親切な人だね」
「だなぁ。……蒼さ」
「ん?」
輝の語気がいつものお調子者のような明るい雰囲気から真面目な雰囲気に変わる。
「お前、飯島と出会ってから、素直になったよな」
飯島さんの名前がでた時、心臓がいつもより大きく鳴ったのを確かに感じた。
「……そうだね」
言葉を口にする事が苦しくなる。
ドキドキと大きな音が身体中に聞こえる。
なんだ、これは。
未知の感覚にめまいを起こしそうになる。
「アオイちゃん、大丈夫」
長瀬の声に我に帰ると共に、首筋にひんやりと冷たいものが触れる。
「つめった!」
「兄ちゃん、顔色悪いけど大丈夫かい? ほい、お水。そして、みぞれのかき氷。水は兄ちゃんイケメンだからオマケだ」
先ほどのおじさんがかき氷を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
僕のお礼にグッと親指を突き立てる。
そして、おじさんは屋台へと足を運ぶが、くるりとこちらに向いて、
「まぁ、ここ最近バカ暑いからなぁ。熱中症に気を付けてな。じゃ、青春楽しめよー」
わははと笑いながら、おじさんは今度こそ屋台へと帰っていった。
「アオイちゃん、大丈夫」
「うん。なんとか」
「蒼、その、わりぃ。俺、お前に嫌な想いをさせてしまったかもしれない」
「大丈夫。ちょっとめまいがしただけだから」
「マジ?」
「マジマジ」
半分嘘だ。
でも、輝たちに心配をかけるわけにはいかない。
だから、とりあえず僕はめまいだけということにしておいた。
未だ胸の中で激しい音を立てる心臓を無視して。