終業式を終え、夏休みが本格的に始まる。
僕は宿題を早めに終わらせる主義なので、すぐに夏休みの宿題は終わらせた。
1200文字を書かなければいけない作文は、原稿用紙がみっちり埋まった。
ちなみに、お題は自身の趣味についてだ。
だから、そんなに書くことが出来たのかもしれない。
だらだらと朝ご飯を食べて過ごせるのは夏休みの特権だ。
普段なら、一日中小説を読むのだけれど、今日はだらだらと過ごすわけにはいかない。
なぜなら、飯島さん達と遊びに行くから。
むろん、複数形を使ったのは、神田さんや坂本さんも来るからだ。
それは終業式のことだった。
※※※
終業式の日、終礼が終わり、帰ろうとしていると飯島さんが、席にやってきた。
「不知くんっ! この前言ってた夏休みの事なんだけど、桜ちゃんと陽菜ちゃんも一緒だけどいい?」
桜? 陽菜? あぁ、坂本さんと神田さんのことか。
「あ、あぁ……。全然いいよ」
「ほんと!? なら、また日程教えるね! あ、一緒に帰る?」
「そうだね。帰ろっか」
「うんっ‼」
いつしかのように、飯島さんと帰る。
教室から出ると、たった数週間が経過しただけなのに暑さが本格的に夏になっている。
これは夏服じゃないと熱中症にかかってしまう。
「ふー、あっついね」
飯島さんは手をうちわ代わりにして仰いでいる。
そこから、開けた第二ボタンの隙間から見える小さな胸のふくらみに目がいってしまうのは仕方がない。
僕だって思春期真っただ中の高校生だ。
「……えっち」
「ごめん」
バレバレだった。
やはり、恋愛小説で女の子は男子の視線に敏感という表現があったが、それは本当だった。
「……あんまり、ジロジロ見られるのは慣れてないからやめて、ね?」
僕は心の中で、再び飯島さんに謝る。
「不知くんはさ、やっぱり、その……興味あるの?」
飯島さんが言いたい事は分かっている。
自分をそういう目で見ているからその気なのかということだろう。
断じてないとは、言い切れない。
けど、飯島さんに向けて、恋愛感情も、そういう気もない。
飯島さんは、友達。
それだけは、何があっても変わらない。
「ないとは、言い切れない。でも、飯島さんにはそんな気持ちはないよ」
「……そっか。安心した」
何に対して安心感を覚えたのか分からないけれど、ひとまず、誤解は解けた。
数秒、沈黙が流れる。
なんだか気まずい。
「い、今の話はナシねっ!」
飯島さんはきまずさを紛らわそうとしたのだろう。
大声で、そう叫んだ。
反射的に僕はビクッと肩を震わせてしまう。
「どうしたの? 急に大声出して」
「なにもないっ!」
どうやら、知らず知らずのうちに機嫌を損ねさせてしまったらしい。
なぜか顔から耳まで赤くなっている。
「じゃあねっ! また連絡するね!」
結局、飯島さんがなぜ機嫌を損ねていたのかわけもわからずにあの日は帰った。
※※※
プルルルとスマホが着信音を鳴らす。
回想をしていた意識はそちらに向く。
三コール目で、それにでる。
「はい。どちらさまでしょうか」
『もっしもーし! 今日の予定なんやけど……って声聞けば分かるやろー! あたしやしっ! 坂本! 結菜の親友の!』
スマホからすごい勢いで飛んでくるツッコミ。
いや、別に狙ったわけじゃない。
知らない連絡先だったから、聞いただけだ。
「あぁ……坂本さん、おはよう。で、予定? だっけ? どうしたの?」
『結菜から聞かんかった? 今日あたしら来るってこと』
「それは知ってる」
『予定の方はもういいわ。とりあえず、新黄駅に10時集合やで! じゃっ!』
ぷつんと電話を一方的に切られた。
なんか、台風みたいな人だ。
やっぱり、あんまり関わりたくない苦手なタイプの人間だ。
いそいそと服を着替えて、歯を磨く。
鏡を見ると、一応は無難な服を着た僕が、楽しそうな顔をしていた。
本来なら、この夏だって僕はひとりでいるつもりだった。
こうして、飯島さん達と遊ぶことが、僕にとってはなんだか嬉しかった。
そして、数十分後、新黄駅で待っていると、約束の時間に飯島さんたちはやってきた。
走ってきたのか肩で息をしている。
「ごめんっ! 遅れた!」
「結菜が寝坊したからでしょ!? 私を呼び出すなんてひどいよぉ」
「ちゃうねんって、陽菜。結菜は今日を楽しみにしててんな」
飯島さんはなぜか顔が真っ赤だった。
というか、僕がしゃべる余地がない。
「ち、ちがうんだもん‼」
「とりあえず、なんでもいいけど、落ち着いてよ。別に遅れてないし。僕が早いだけだしさ」
「でもさぁ……。女子が男子より遅く来るって気を使わせる原因じゃない?」
「そうなの?」
「そうなの」
飯島さんにオウム返しのように言われる。
坂本さんと神田さんもうんうんとうなずいている。
それにしても、素人がみても、三人がおしゃれすぎて僕の服装がダサく見える。
飯島さんは紺色のキャップに、白ブラウスの上にチェックのロングカーディガンに、ワイドパンツというボーイッシュ系のコーデだ。
坂本さんは、灰色のTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だったが、ギャルっぽい見た目だからすごく似合っている。
神田さんは、青のマルチボーダーが映えるカットプルオーバーに、黒の花の刺しゅうが入ったレーススカート履いている。
「不知くん、結構おしゃれなんだね。その……ロザリオ似合ってるよ」
「なんか意外やったわ。不知ってそんなごついもんつけるんや」
これは、僕の趣味じゃない。
読書好きの少年がこんなのつけてたら怖すぎでしょ。
「あー……。これ僕の趣味じゃないよ。輝にもらったんだ」
「あ、やっぱそうなんや。ええやん。ギャップがあって」
「おー……。かっこいいー」
褒められるなんて、慣れていないが、ちょっとだけ嬉しかった。
輝に心の中で感謝しながら、僕らは電車に乗った。
ガタンゴトンと電車に揺られること数十分、目的地がある駅に到着した。
電車内には、空調が効いていたため涼しかったが、やはり外に出ると暑い。
「あっつ……」
飯島さんがつぶやく。
確かに、彼女の額には汗が流れているし、寒がりの僕ですら結構暑いと思うほどだ。
「とりあえず、映画館いこっか」
「そうだね。ちなみになにを見るの?」
「それは着いてからのお楽しみ」
飯島さんはニヤリと笑ってから先導する。
僕はトコトコと歩きながら、見慣れない地の風景を興味深く眺めていた。
あ、本屋がある。しかも、結構広い。
こんなところにもスーパーマーケットあるんだ。
色々見ているだけで普通に楽しかったが、まだまだ楽しみはこれからなのだ。
そこは、新黄駅屈指の大型のショッピングセンターで昼夜問わず人で溢れかえっているらしい。
僕らは4階の映画館に行き、見る映画を相談しているところだ。
「不知くん、ホラー映画っていける?」
「別に大丈夫だけど」
ホラーと聞いて、神田さんの表情が曇った。
「陽菜ちゃん、もしかして、ホラーだめ?」
「う、うん。ごめんね……。小さいころに見ちゃってからダメで……」
あるあるだ。
僕も別にホラーに大きな耐性があるといえば、嘘になるが小説でホラー要素のあるのを読んでいるため特別怖いといった事はない。
「それじゃ、これはどうなん?」
坂本さんが提案したのは、スピード感あふれるカーチェイスが見どころのアクション映画だ。
これなら、ギャグもあるし、かっこいいバトルシーンだってある。
それに、ホラー要素はないから、神田さんだって楽しめるはずだ。
しかし、飯島さんは難しい顔をしていた。
「その……あんまり、銃撃戦とか苦手で……。それに、爆破シーンとかあるでしょ……。だから、見たくないな」
とぎれとぎれだったが、最後には拒否をしっかりと示した飯島さん。
その話している様子は、今にも泣きそうな顔をしていた。
たしかに、アクション系の映画には派手な爆発音もあってうるさく感じてしまう時がある。
少し空気がよどんだものの、すぐに元通りになった。
「これはどう?」
飯島さんが提案したのは恋愛小説が原作のアニメ映画だった。
予告を見る限り、動物好きな少女が根暗だが心優しい男子との恋愛を描いた作品だ。
「へぇ……、原作が小説なんや。不知、知ってる?」
「しらない。初めて知ったよ」
「これどうかな?」
飯島さんが再び聞く。
「これにしようか」
「あたしは賛成」
「僕も大丈夫だよ」
それぞれが答えると、飯島さんは今日一番の笑顔で、
「私、チケット買ってくるね!」
そう言って、チケット売り場へ消えていった。
「僕、食べ物買ってくるよ」
三人だけになって沈黙が生まれたので、別に耐えられないことはないが、必要なものだから買いに行こうとした。
「あたしも行くわー。陽菜、なに食べたい?」
「食べ物はいいよ。ジュースはメロンソーダでお願い。私、トイレ行ってくるね」
「あーい」
僕と坂本さんは後ろからついてくるだけだった。
「なに食べる?」
こちらから、声をかける。
坂本さんはなにやら考えごとをしていたようで、僕の声に我に返った。
「あ、あぁ……。とりあえず、キャラメルポップコーン頼んでもらってええ?」
「わかった」
僕はキャラメルポップコーンを人数分頼み、飲み物は指定されたものと、無難なものを選んだ。
「ありがと。手伝う」
「ありがとう」
「不知はさ」
坂本さんは言うべきか迷った素振りを見せて、
「結菜のことどう思ってんの?」
結局、そう言った。
「どうって……」
飯島さんは本当にいい人だと思う。
もし、席が隣じゃなかったらこうして、普通に生きていれば関わることがない坂本さんや神田さんと関わりを与えてくれたのだから。
でも、
『不知くんはさ、やっぱり、その……興味あるの?』
坂本さんも僕が飯島さんを恋愛対象として見ているのかと聞いているのだ。
なら、答えはひとつだ。
「本当にいい人だとは思うよ。笑顔が絶えないし、優しいし。見ているこっちまで幸せになりそうな感じだし。でも、僕は飯島さんと恋人になりたいとは思わない」
感謝の気持ちを伝えつつ、それでも大事なところはきちんと伝えた。
「やんなー。不知ならそういうと思ったわ。今日は来てくれてありがとうな」
ほいと、拳を差し出される。
僕はおそるおそる自身の拳をだして、コツンと関節が乾いた音が鳴った。
「ぷっ……。キョドりすぎ」
「なんか……ごめんね」
先ほど、集まっていた場所に戻ると、飯島さんが待っていてくれた。
「おかえり! ありがとう! 不知くん、桜ちゃん。お金だすよ」
「いいよ。僕が好きでつかっただけだし」
「今度、なにかで返すね」
「じゃあ、お願い」
トイレから神田さんが帰ってきたのと、同時に劇場への入場が始まった。
「少し早いけど、入ろっか。実は席が二人一組しか空いてなくてさ。あとは少し距離があるんだけど、どこに座りたいとかある? なかったら、じゃんけんしようか」
別に指定はないと一致したので、じゃんけんをした。
結果、僕と飯島さん、坂本さんと神田さんとなった。
劇場にはいると、まだ人は少なく、席も空白が目立っていた。
指定された席に座り、映画の無断アップロードを禁じるおなじみの映像や話題の映画の広告を見てから、ようやく本格的に劇場が暗くなった。
「楽しみだね、不知くん」
「うん。そういえば、飯島さんって動物好きだよね。なら、なおさら、楽しみなんじゃない?」
「私ね、ペンギン好きなんだ。昔、水族館にいった時にひとめぼれしちゃった」
僕らはひそひそ声で、語り合う。
それで、普段ペンギンのぬいぐるみがカバンについていたのかと納得した。
「だからね」
「今日は来てくれてありがとう」
えへへと飯島さんははにかむように笑った。
それは、さっき、坂本さんにも言われた感謝の言葉。
飯島さんに言われて、心の中が温かくなるのは、なぜだろうか。
そんな事を考えている間に映画は始まった。
映画の内容は、よくある恋愛ものだった。
高校生の主人公は小説を読むのが好きで、日々図書室に通うのが日課になっていた。
ある日、転校してきたヒロインが、図書室で小説を読んでいるところを見つけ、皆に内緒にしてほしいと主人公は口止めをされる。
次第に一緒に遊ぶ仲になり、楽しい日々の中で主人公は恋心に芽生えていく。
だが、ある日を境にヒロインは図書室に来なくなる。
主人公は度胸がなかったため、ヒロインに話しかける事は出来なかった。
そうしていくうちに、ヒロインは学校にすら来なくなり、さすがに心配した主人公は担任のアドバイスをうけ、ヒロインの自宅に行き、話を聞く。
自分は天性的な不治の病気を持っていてもうすぐ死んでしまうから今は想い出が残っている自宅で最期の時間を過ごしているという。
それに同情した主人公は自身の想いを伝え、ヒロインと安らかな時を過ごす……というのが、映画の内容だった。
遊びに行くシーンで、チラリと隣を見ると、飯島さんが目を輝かせて、画面に食い付いていたが、ラストでひっくひっくと鼻をすする音が聞こえて、感動していたんだなと思った。
僕も少し感動した。
目頭が少し熱い。
エンドロールが終わり、劇場が一気に明るくなる。
隣を見ると、やはり、飯島さんは泣いていた。
「不知、君っ……。ごめっ……」
僕は、飯島さんを慰めることも出来ず、ただそっとしておくことしか出来なかった。
僕は宿題を早めに終わらせる主義なので、すぐに夏休みの宿題は終わらせた。
1200文字を書かなければいけない作文は、原稿用紙がみっちり埋まった。
ちなみに、お題は自身の趣味についてだ。
だから、そんなに書くことが出来たのかもしれない。
だらだらと朝ご飯を食べて過ごせるのは夏休みの特権だ。
普段なら、一日中小説を読むのだけれど、今日はだらだらと過ごすわけにはいかない。
なぜなら、飯島さん達と遊びに行くから。
むろん、複数形を使ったのは、神田さんや坂本さんも来るからだ。
それは終業式のことだった。
※※※
終業式の日、終礼が終わり、帰ろうとしていると飯島さんが、席にやってきた。
「不知くんっ! この前言ってた夏休みの事なんだけど、桜ちゃんと陽菜ちゃんも一緒だけどいい?」
桜? 陽菜? あぁ、坂本さんと神田さんのことか。
「あ、あぁ……。全然いいよ」
「ほんと!? なら、また日程教えるね! あ、一緒に帰る?」
「そうだね。帰ろっか」
「うんっ‼」
いつしかのように、飯島さんと帰る。
教室から出ると、たった数週間が経過しただけなのに暑さが本格的に夏になっている。
これは夏服じゃないと熱中症にかかってしまう。
「ふー、あっついね」
飯島さんは手をうちわ代わりにして仰いでいる。
そこから、開けた第二ボタンの隙間から見える小さな胸のふくらみに目がいってしまうのは仕方がない。
僕だって思春期真っただ中の高校生だ。
「……えっち」
「ごめん」
バレバレだった。
やはり、恋愛小説で女の子は男子の視線に敏感という表現があったが、それは本当だった。
「……あんまり、ジロジロ見られるのは慣れてないからやめて、ね?」
僕は心の中で、再び飯島さんに謝る。
「不知くんはさ、やっぱり、その……興味あるの?」
飯島さんが言いたい事は分かっている。
自分をそういう目で見ているからその気なのかということだろう。
断じてないとは、言い切れない。
けど、飯島さんに向けて、恋愛感情も、そういう気もない。
飯島さんは、友達。
それだけは、何があっても変わらない。
「ないとは、言い切れない。でも、飯島さんにはそんな気持ちはないよ」
「……そっか。安心した」
何に対して安心感を覚えたのか分からないけれど、ひとまず、誤解は解けた。
数秒、沈黙が流れる。
なんだか気まずい。
「い、今の話はナシねっ!」
飯島さんはきまずさを紛らわそうとしたのだろう。
大声で、そう叫んだ。
反射的に僕はビクッと肩を震わせてしまう。
「どうしたの? 急に大声出して」
「なにもないっ!」
どうやら、知らず知らずのうちに機嫌を損ねさせてしまったらしい。
なぜか顔から耳まで赤くなっている。
「じゃあねっ! また連絡するね!」
結局、飯島さんがなぜ機嫌を損ねていたのかわけもわからずにあの日は帰った。
※※※
プルルルとスマホが着信音を鳴らす。
回想をしていた意識はそちらに向く。
三コール目で、それにでる。
「はい。どちらさまでしょうか」
『もっしもーし! 今日の予定なんやけど……って声聞けば分かるやろー! あたしやしっ! 坂本! 結菜の親友の!』
スマホからすごい勢いで飛んでくるツッコミ。
いや、別に狙ったわけじゃない。
知らない連絡先だったから、聞いただけだ。
「あぁ……坂本さん、おはよう。で、予定? だっけ? どうしたの?」
『結菜から聞かんかった? 今日あたしら来るってこと』
「それは知ってる」
『予定の方はもういいわ。とりあえず、新黄駅に10時集合やで! じゃっ!』
ぷつんと電話を一方的に切られた。
なんか、台風みたいな人だ。
やっぱり、あんまり関わりたくない苦手なタイプの人間だ。
いそいそと服を着替えて、歯を磨く。
鏡を見ると、一応は無難な服を着た僕が、楽しそうな顔をしていた。
本来なら、この夏だって僕はひとりでいるつもりだった。
こうして、飯島さん達と遊ぶことが、僕にとってはなんだか嬉しかった。
そして、数十分後、新黄駅で待っていると、約束の時間に飯島さんたちはやってきた。
走ってきたのか肩で息をしている。
「ごめんっ! 遅れた!」
「結菜が寝坊したからでしょ!? 私を呼び出すなんてひどいよぉ」
「ちゃうねんって、陽菜。結菜は今日を楽しみにしててんな」
飯島さんはなぜか顔が真っ赤だった。
というか、僕がしゃべる余地がない。
「ち、ちがうんだもん‼」
「とりあえず、なんでもいいけど、落ち着いてよ。別に遅れてないし。僕が早いだけだしさ」
「でもさぁ……。女子が男子より遅く来るって気を使わせる原因じゃない?」
「そうなの?」
「そうなの」
飯島さんにオウム返しのように言われる。
坂本さんと神田さんもうんうんとうなずいている。
それにしても、素人がみても、三人がおしゃれすぎて僕の服装がダサく見える。
飯島さんは紺色のキャップに、白ブラウスの上にチェックのロングカーディガンに、ワイドパンツというボーイッシュ系のコーデだ。
坂本さんは、灰色のTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だったが、ギャルっぽい見た目だからすごく似合っている。
神田さんは、青のマルチボーダーが映えるカットプルオーバーに、黒の花の刺しゅうが入ったレーススカート履いている。
「不知くん、結構おしゃれなんだね。その……ロザリオ似合ってるよ」
「なんか意外やったわ。不知ってそんなごついもんつけるんや」
これは、僕の趣味じゃない。
読書好きの少年がこんなのつけてたら怖すぎでしょ。
「あー……。これ僕の趣味じゃないよ。輝にもらったんだ」
「あ、やっぱそうなんや。ええやん。ギャップがあって」
「おー……。かっこいいー」
褒められるなんて、慣れていないが、ちょっとだけ嬉しかった。
輝に心の中で感謝しながら、僕らは電車に乗った。
ガタンゴトンと電車に揺られること数十分、目的地がある駅に到着した。
電車内には、空調が効いていたため涼しかったが、やはり外に出ると暑い。
「あっつ……」
飯島さんがつぶやく。
確かに、彼女の額には汗が流れているし、寒がりの僕ですら結構暑いと思うほどだ。
「とりあえず、映画館いこっか」
「そうだね。ちなみになにを見るの?」
「それは着いてからのお楽しみ」
飯島さんはニヤリと笑ってから先導する。
僕はトコトコと歩きながら、見慣れない地の風景を興味深く眺めていた。
あ、本屋がある。しかも、結構広い。
こんなところにもスーパーマーケットあるんだ。
色々見ているだけで普通に楽しかったが、まだまだ楽しみはこれからなのだ。
そこは、新黄駅屈指の大型のショッピングセンターで昼夜問わず人で溢れかえっているらしい。
僕らは4階の映画館に行き、見る映画を相談しているところだ。
「不知くん、ホラー映画っていける?」
「別に大丈夫だけど」
ホラーと聞いて、神田さんの表情が曇った。
「陽菜ちゃん、もしかして、ホラーだめ?」
「う、うん。ごめんね……。小さいころに見ちゃってからダメで……」
あるあるだ。
僕も別にホラーに大きな耐性があるといえば、嘘になるが小説でホラー要素のあるのを読んでいるため特別怖いといった事はない。
「それじゃ、これはどうなん?」
坂本さんが提案したのは、スピード感あふれるカーチェイスが見どころのアクション映画だ。
これなら、ギャグもあるし、かっこいいバトルシーンだってある。
それに、ホラー要素はないから、神田さんだって楽しめるはずだ。
しかし、飯島さんは難しい顔をしていた。
「その……あんまり、銃撃戦とか苦手で……。それに、爆破シーンとかあるでしょ……。だから、見たくないな」
とぎれとぎれだったが、最後には拒否をしっかりと示した飯島さん。
その話している様子は、今にも泣きそうな顔をしていた。
たしかに、アクション系の映画には派手な爆発音もあってうるさく感じてしまう時がある。
少し空気がよどんだものの、すぐに元通りになった。
「これはどう?」
飯島さんが提案したのは恋愛小説が原作のアニメ映画だった。
予告を見る限り、動物好きな少女が根暗だが心優しい男子との恋愛を描いた作品だ。
「へぇ……、原作が小説なんや。不知、知ってる?」
「しらない。初めて知ったよ」
「これどうかな?」
飯島さんが再び聞く。
「これにしようか」
「あたしは賛成」
「僕も大丈夫だよ」
それぞれが答えると、飯島さんは今日一番の笑顔で、
「私、チケット買ってくるね!」
そう言って、チケット売り場へ消えていった。
「僕、食べ物買ってくるよ」
三人だけになって沈黙が生まれたので、別に耐えられないことはないが、必要なものだから買いに行こうとした。
「あたしも行くわー。陽菜、なに食べたい?」
「食べ物はいいよ。ジュースはメロンソーダでお願い。私、トイレ行ってくるね」
「あーい」
僕と坂本さんは後ろからついてくるだけだった。
「なに食べる?」
こちらから、声をかける。
坂本さんはなにやら考えごとをしていたようで、僕の声に我に返った。
「あ、あぁ……。とりあえず、キャラメルポップコーン頼んでもらってええ?」
「わかった」
僕はキャラメルポップコーンを人数分頼み、飲み物は指定されたものと、無難なものを選んだ。
「ありがと。手伝う」
「ありがとう」
「不知はさ」
坂本さんは言うべきか迷った素振りを見せて、
「結菜のことどう思ってんの?」
結局、そう言った。
「どうって……」
飯島さんは本当にいい人だと思う。
もし、席が隣じゃなかったらこうして、普通に生きていれば関わることがない坂本さんや神田さんと関わりを与えてくれたのだから。
でも、
『不知くんはさ、やっぱり、その……興味あるの?』
坂本さんも僕が飯島さんを恋愛対象として見ているのかと聞いているのだ。
なら、答えはひとつだ。
「本当にいい人だとは思うよ。笑顔が絶えないし、優しいし。見ているこっちまで幸せになりそうな感じだし。でも、僕は飯島さんと恋人になりたいとは思わない」
感謝の気持ちを伝えつつ、それでも大事なところはきちんと伝えた。
「やんなー。不知ならそういうと思ったわ。今日は来てくれてありがとうな」
ほいと、拳を差し出される。
僕はおそるおそる自身の拳をだして、コツンと関節が乾いた音が鳴った。
「ぷっ……。キョドりすぎ」
「なんか……ごめんね」
先ほど、集まっていた場所に戻ると、飯島さんが待っていてくれた。
「おかえり! ありがとう! 不知くん、桜ちゃん。お金だすよ」
「いいよ。僕が好きでつかっただけだし」
「今度、なにかで返すね」
「じゃあ、お願い」
トイレから神田さんが帰ってきたのと、同時に劇場への入場が始まった。
「少し早いけど、入ろっか。実は席が二人一組しか空いてなくてさ。あとは少し距離があるんだけど、どこに座りたいとかある? なかったら、じゃんけんしようか」
別に指定はないと一致したので、じゃんけんをした。
結果、僕と飯島さん、坂本さんと神田さんとなった。
劇場にはいると、まだ人は少なく、席も空白が目立っていた。
指定された席に座り、映画の無断アップロードを禁じるおなじみの映像や話題の映画の広告を見てから、ようやく本格的に劇場が暗くなった。
「楽しみだね、不知くん」
「うん。そういえば、飯島さんって動物好きだよね。なら、なおさら、楽しみなんじゃない?」
「私ね、ペンギン好きなんだ。昔、水族館にいった時にひとめぼれしちゃった」
僕らはひそひそ声で、語り合う。
それで、普段ペンギンのぬいぐるみがカバンについていたのかと納得した。
「だからね」
「今日は来てくれてありがとう」
えへへと飯島さんははにかむように笑った。
それは、さっき、坂本さんにも言われた感謝の言葉。
飯島さんに言われて、心の中が温かくなるのは、なぜだろうか。
そんな事を考えている間に映画は始まった。
映画の内容は、よくある恋愛ものだった。
高校生の主人公は小説を読むのが好きで、日々図書室に通うのが日課になっていた。
ある日、転校してきたヒロインが、図書室で小説を読んでいるところを見つけ、皆に内緒にしてほしいと主人公は口止めをされる。
次第に一緒に遊ぶ仲になり、楽しい日々の中で主人公は恋心に芽生えていく。
だが、ある日を境にヒロインは図書室に来なくなる。
主人公は度胸がなかったため、ヒロインに話しかける事は出来なかった。
そうしていくうちに、ヒロインは学校にすら来なくなり、さすがに心配した主人公は担任のアドバイスをうけ、ヒロインの自宅に行き、話を聞く。
自分は天性的な不治の病気を持っていてもうすぐ死んでしまうから今は想い出が残っている自宅で最期の時間を過ごしているという。
それに同情した主人公は自身の想いを伝え、ヒロインと安らかな時を過ごす……というのが、映画の内容だった。
遊びに行くシーンで、チラリと隣を見ると、飯島さんが目を輝かせて、画面に食い付いていたが、ラストでひっくひっくと鼻をすする音が聞こえて、感動していたんだなと思った。
僕も少し感動した。
目頭が少し熱い。
エンドロールが終わり、劇場が一気に明るくなる。
隣を見ると、やはり、飯島さんは泣いていた。
「不知、君っ……。ごめっ……」
僕は、飯島さんを慰めることも出来ず、ただそっとしておくことしか出来なかった。