「なぁ、夏生」

「ん? なに?」

「夏にやりたいこと、他に何かないのか?」

 俺の問いかけに、夏生は「う~ん……」と口元に人差し指を当てた。

「あの青空から、飛び降りてみたい」

「はい?」

 初っ端から、想像の斜め上をいく回答が彼女の口から飛び出した。

「ほら、前に佳生の病室のテレビで見た、その……なんだっけ? スナイパーダイビング、みたいなやつ」

「……スカイダイビング、か」

「そうそう! それっ!」

 なんだよスナイパーダイビングって……こえぇよ!
 空からたくさんのスナイパーが降ってくる。そんな絵面を想像して、俺は苦笑した。

「あとはね~、前に夏祭りで見た盆踊りもしてみたいな」

「ほうほう」

 可愛らしい浴衣に身を包み、やぐらの周りで踊る夏生。見てみたい、かも。

「あっ、あとあと! 岡本くんや奈々ちゃんとお泊り会したい!」

 佳生がずっと隣にいてくれたら、雪女姿に戻るのも気にしなくていいし! とサラッと照れるようなことも言いつつ、彼女は無邪気な笑顔を浮かべた。

「そして夜中にはやっぱり……怪談話、だよねー」

「は?」

 待て、この流れ。どっかで……

「あの時の佳生と言ったら、もう……ぷっ」

「……忘れろ」

 いつまでネタにする気なんだろうか。こんな意地悪なところも、相変わらず変わってない。

「あとはそう……海水浴、してみたかったなー」

「そういえば、夏生がしたいこと第一号だったな」

 会ってしばらくした頃の病院の裏庭での会話が、ふっと頭に浮かぶ。

「雪女との初めての出会いは忘れるのに、そういうことは覚えてるんだね」

 呆れたような夏生の顔が、視界に映る。

「めっちゃ引きずるんだな」

「佳生のせいだよ」

「ごめんて」

 彼女のふてくされた顔が可愛くて、思わず謝った。

「……ふふっ。でも、そう。水着も買ってくれたし、行きたかったの」

 思い出を噛みしめるように、彼女は朗らかに笑った。

「今さらなんだけど、その買った水着とかこの前着てたパーカーって、普段どこにあるの?」

「え。女の子の衣服の在り処を知ってどうするつもりなの……?」

 今度は、引きつった表情が視線の先に。

「いやいやいや! そんなつもりはこれっぽっちも……」

「あれー? 私は何も言ってないのに、いったい何を想像してたのかな~?」

「こいつ……」

 ころころと変わる夏生の顔に、そっと俺は手を伸ばした。

「でもさ。やりたいこと、まだいっぱいあるじゃねーか」

 スカイダイビングに盆踊り。お泊り会に、一応怪談話。そして、海水浴……。

 この夏だけじゃやり切れなかった、彼女が真夏の空の下でやりたいこと。

「これからもさ。全部は無理かもしれねーけど、夏生のやりたいこと、俺は叶えていきたい」

「……うん」

「だからさ。また俺のそばに、いてくれないか?」

 俺は、夏生ともっと一緒にいたい。

 いろんなことをしたい。

 もし俺の病気が治って、もう耐性をもらえなくなって、今みたいに気軽に会えなくなったとしても、俺は……。

「……ありがとう」

 夏生の青い瞳から、一滴(ひとしずく)の涙が零れた。

「……でもね、無理だよ…………」

 その水滴は俺の頬に落ちて、

「佳生の病気を治したら、多分私は……消えちゃうから…………」

 そのままゆっくりと伝って、地面へと消えていった。