残暑厳しい九月のある日、俺と夏生は病室でゆっくりしていた。本当は今日もどこかに行こうと思っていたのだが、朝の天気予報で午後から雷雨になると言っていたからだ。
「今日、ほんとに雨降るのかな」
夏生が窓の外を見て言った。まだまだ元気な暑い日差しが、これでもかと木々を照らしている。
「んー、でもびしょ濡れになるよりはいいだろ」
俺は大きく伸びをして言った。背中でベキベキッと音が鳴る。するとその音につられてか、夏生が顔をこちらに向けた。
「なんか、暇そうだね」
「まぁ、実際暇だからな」
俺はもう一度背伸びをする。本当に暇だった。最近はやたらと遊びまわっていたので、病院のベッド生活がとてつもなく退屈だということをすっかり忘れていた。夏生と会う前にこんな日を三百日以上も続けていた過去の自分が、なんだか遠い存在に思えてくる。
「あ、そういえばさっきの電話はなんだったの?」
夏生が思い出したように聞いてきた。
「あぁ、岡本からだったよ。なんか、今日来るって」
「え! じゃあ、奈々ちゃんも来るかな?」
「さぁ、そこまでは言ってなかったけど。にしても夏生たち、ほんと仲いいよな」
キャンプの日以来、岡本や佐原さんは度々遊びに来るようになった。一日中話して終わる日もあれば、この前みたいに釣りに行ったりと四人で外に出かけることもあった。そしていつの間にか、夏生と佐原さんは二人で出かけることもあるくらい仲良くなっていた。
「まぁ、私と奈々ちゃんだからね~」
夏生はそう言って、嬉しそうに頭に着けた水色のシュシュをいじる。前に二人がショッピングに行った時に買ったものらしい。その時は帰ってくるなり、「見てみて! これ奈々ちゃんが選んでくれたの!」と大はしゃぎしていた。そして直後に、「六時間ルールがなければもっと遊べたのに~」と頭を抱えていたことも覚えている。
六時間ルール。それは俺が前に夏生に聞いた、夏生が耐性をもらってから人間でいられる時間のことだ。最初のころはよく忘れがちで、ひまわり畑でいきなり元に戻ったこともあった。
当時は俺と二人きりだったので問題なかったが、最近はよく岡本たちと会ったり、佐原さんと二人で出かけたりすることが増えてきていた。そのため、俺たちは万が一にも忘れないようルールとしてたまに口に出すようにしていた。おかげで今のところは、岡本たちの前で雪女姿をさらすことは免れている。まぁ、危なかったことは何度もあったのだが。
そんな話を笑いながら夏生としていると、唐突にガラリと病室のドアが開いた。
「おっす、霜谷。雪村さんも、こんにちは」
岡本だった。制服姿で、どうやら学校帰りらしい。
「やっほー、岡本くん」
「おっす。どうしたんだ、いきなり。ってか、今日はひとりか?」
岡本は病室に入ると、そのままドアを後ろ手に閉めた。てっきり後に続いて佐原さんが入ってくるものだとばかり思っていたので、俺は思わず聞いていた。岡本が佐原さんを連れて来ないのは珍しく、七夕の後らへんに佐原さんのことを初めて聞いて以来だった。
「ああ、今日はその、奈々のことで相談に来たんだ」
「え?」
いい感じのことではなさそうだった。というのも、そう言った岡本の顔は今までに見たことがないくらい暗かったからだ。
「とりあえず、座れよ」
立ったまま話し始めそうな岡本に、俺はとりあえずイスを勧めた。岡本は「ああ……」と生返事をすると、そのままのろのろとイスに座り、今度は無言になった。
なんだか、すごく気まずい。
岡本とは小学生からの付き合いだが、ここまで落ち込んでいる姿を見るのは彼の両親の離婚を聞いて以来だ。こらえきれず夏生の方へ目を向けると、彼女もどうしたらいいかわからないといった様子で俺と岡本を交互に見ていた。
沈黙が流れること数分、岡本はおもむろに口を開いた。
「実はさ、奈々と喧嘩したんだ。それも、結構本気な感じで」
窓の外で、雨音が聞こえた気がした。