それから俺たちは、たこ焼き、焼きそば、射的、金魚すくい……と回れるだけの屋台を回った。後半はつい熱中して夏生と輪投げで勝負したりもした。なぜか結果は全敗だった。

 そうこうしているうちに花火の時間になり、俺たちは適当に場所を見繕って座った。今日は天気も良く、周囲はすぐに家族連れやカップルでいっぱいになった。

「結構人いるね」

 綺麗に見えるといいけど、と夏生は少し背伸びをして前の方をうかがう。

「まぁ、大丈夫だろ。花火は上に上がるんだし」

「それくらい知ってますー」

 夏生はむくれたように頬を膨らます。

「本当にー? そもそも花火自体見たことあるのかぁー?」

 俺はからかうようにして言った。今日は朝から散々にしてやられたので、せめてもの仕返しのつもりだった。

 すると、夏生は自嘲するような笑みをこぼして、ぽつりとつぶやいた。


「花火だけなら、ひとりで何度も見たよ」


 その声とほぼ同時に、花火の破裂音があたりに響き渡った。

 続けて二発、三発と花火が上がり、空気を震わせる。

 しかし、それらの音はまるで俺の中に入ってこなかった。


 ――どういう意味だろう……?


 中空に咲く大輪の花に、俺はほぼ無意識に目をやった。青と、緑の花が、夜空を彩り、散っていく。


「花火ってさ、綺麗だけど、なんだか切ないよね」


 夏生の声が、やけにはっきり聞こえてきた。


「ヒューーって上がってる花火玉を見てるとわくわくするし、その後パッと空に咲く花火も、とっても素敵」


 ドォン、ドォォンという破裂音が、遠くから聞こえた。


「でも、その後は、あっという間に消えて、なくなってしまう。……なんだか、儚いよね」


 夏生はそれだけ言うと、口を閉ざした。

 あたりには(まばゆ)いほどの光が降り注ぎ、それは次々に咲いては散っていった。

 俺は、ただただ光り輝く夜空を眺めていた。

 綺麗だ、と思った。

 でもそれは、夏生の言うように、どこか寂しくて、儚くて、虚しかった。

 そう、まるで……


「俺たち、みたいだな」


 思わず、口に出していた。出してしまっていた。

 裏庭での出会いから始まり、本来なら普通に活動すらできない夏空の下で、俺たちは過ごしてきた。

 一日の大半をベッドで過ごしてきたころとは違って、夏生との夏はすごく楽しかった。ひまわり畑での散歩も、裏庭での何気ない会話も、天体観測も、キャンプも……。

 どれもこれもが、これまでにない暖かみと、光に包まれていた。いつしか心のどこかで、終わってほしくない、そう思っていた。


 でも、契約が終わればなくなってしまう。今の日常は、結局のところ非日常でしかない。

 それはどこか、突然咲いて、綺麗に輝いて、儚く散っていく花火に、そっくりだと思った。


「あのさ」

 俺は夜空から目を離して、夏生を見る。

「契約、のことなんだけど……」

 そこで、言葉に詰まる。

 キャンプ場での夜の会話が、フラッシュバックした。

 ただあの時とは違い、今は、ここで何か言わないと夏生との関係が終わってしまうような、そんな気がした。

「その……」

「ふふっ。まるで、告白でもするみたいだね」

 唐突に、夏生が俺の方に目を向けた。その口元は、小さく微笑んでいた。

「私からも、言いたいことがあるんだ」

「え?」

 思わず身構える。でも、その後に続いた言葉は、俺が想像していたものとは全く違っていた。

「契約の期間、少しだけでいいから延長してくれないかな?」

「へ?」

 間抜けな声が、口から漏れた。

「まだちょっと、やりたいことがあって。ダメ、かな?」

 懇願するように夏生は言った。その瞳に映る自分の顔が、微かに揺れていた。

 数瞬の沈黙が流れた。

 もちろん迷っているわけじゃない。ただ、どうして夏生からそんなことを言ってきたのかが、どうしても腑に落ちなかった。
 そのわずかな沈黙をどう解釈したのか、夏生は不安げな表情になった。

「どうしたの? やっぱり……」

「い、いや、大丈夫! 全然大丈夫!」

 俺は慌てて返事をした。あたりには、花火のフィナーレでうるさいくらいの音が無尽に飛び交っていた。

 夏生は一転して嬉しそうに笑うと、夜空一面に咲き誇っている花火に目を戻した。俺も同じようにして、空を見上げる。

 今は何も考えないようにしようと思った。
 
 このかけがえのない時間を、その時間がもう少しだけ続くことの喜びを、ただただ噛み締めていようと、そう思った。