テントを張れる場所までくると、そこは旅行シーズンということもあって結構にぎわっていた。あっちにもこっちにも、色とりどりの大小さまざまなテントが乱立していた。

 今俺は、母親や夏生と一緒に夕ご飯の下ごしらえの真っ最中。メニューは定番のバーベキューで、その材料担当だ。包丁を持ったのは久しぶりで、トウモロコシに悪戦苦闘していた。

「くっそ、思ったより固いな、これ」

 入院でトウモロコシが切れないまでに力が落ちたのか、と心の中で落胆した。

「あーあ、力入れすぎだよ、佳生」

 夏生は俺から包丁を受け取ると、見事な手つきでトウモロコシを切っていく。なぜそこまで慣れているのか。つくづく雪女という人種はわからない、と俺は思った。


 後ろの方では、父親と岡本、佐原さんがテントを組み立てていた。あちらは順調のようで、もう八割方は完成していた。が、先ほどから「佳くん! そっちはまだだよ!」とか「佳くん後ろ! 人がいるよ!」とか、佐原さんの声と父親の笑い声ばかりが聞こえていた。

「それにしても、キャンプなんて久しぶりねー」

 母親が切り終えた食材を小分けにしながらつぶやいた。

 昔はよく、家族で何度かキャンプに来ていた。しかし、俺が中学校にあがってからというもの、部活やら行事やらでなかなか行く機会がなかった。最後に行ったのはいつだったかな、と俺はぼんやりと考える。

「そうなんですかー。あ! 何か、佳生君がやらかしちゃった面白いエピソードとかないんですか?」

 思いついたように夏生が言った。

「おい、何聞いてんだ夏生」

 目を輝かせながら母親の返答を期待する夏生を止めにかかる。俺も知らない恥ずかしい話が飛んで来ようものなら死んでも死にきれない。

「そうねー。そういえば、佳生が小さいころ、キャンプ場で迷子になったわね」

「おい、母さんも何を……」

「詳しく聞かせてください!」

 俺の制止する言葉尻にかぶせるように、夏生が叫んだ。これはいよいよ予断を許さない状況になりそうだと、俺は頭を抱えた。

「あれは、佳生が十歳の時だったかしら。キャンプ場もちょうどここ。『探検してくる!』って言って、ひとりで森に入っていって出られなくなっちゃったのよねー」

 あの時は焦ったわ~、とのんびりした口調で母親は言った。正直、俺はその時のことがほとんど記憶にないので反論のしようがなかった。隣で夏生は「へぇー!」と声をあげながら、興味を隠す様子もなく聞いている。

「それで、夕方くらいに涙を浮かべてひょっこり出てきたのよね」

「人を失くし物みたいに言うな」

 俺はささやかな反撃を試みるも、母親は何も言わずにスルー。夏生の方は、なにやらもの言いたげな表情で、俺の顔を見上げていた。

「どうした、夏生?」

 またからかってくるんじゃないかと、若干身構えながら俺は聞いた。

「んーちなみにさ、佳生はその時のこと覚えてるの?」

 夏生は食材の方へ視線を戻して言った。
 その時、岡本が来た日の、夏生との病室でのやりとりを思い出した。

 射貫くような夏生の視線、微かに震えていた口元。


 ――佳生は示ヶ丘のキャンプ場に行った時のこと、覚えてるの?


 頭の中で、彼女の言葉がリピートされた。

「え? いや、あんまり覚えてない」

 一瞬止まりかけた思考を頭を振ってなんとか戻し、俺は答えた。切った野菜をボウルに入れながら、十歳の時のキャンプに何かあったっけ、と考えをめぐらしたが、頭の中は真っ白だった。

「まぁ、七年前だもんね」

 つまんないなー、と夏生は(きびす)を返した。

 そのまま切った食材のボウルを手に、テントの方へと歩いていった。