俺は七夕の物語が嫌いだ。

 小さいころはそうでもなかった。七夕の歌を歌ったり、純粋に願い事を考えたりするだけでもわくわくした。中学生の時も、友達とふざけた願い事を書いたりして楽しかった。


 でも、あの日を境に、変わった。
 所詮は上辺だけの世界で、ただの不毛な理想となった。

 ある時、綺麗な織物を織る織姫と、働き者の牛飼いである彦星が恋に落ちる。二人は恋にうつつを抜かして仕事を怠けるようになったため、それに怒った織姫の父親の神様が天の川を挟んで二人を会えないようにした。しかし、二人は嘆き悲しみ、仕事をよりしなくなったため、真面目に働くことを条件に一年に一度会えるようにした。

 実に単純明快で、取り留めのないお話。

 真面目に働き続けることの大切さ。

 やるべきことを放り出すことへの警告。

 恋や愛に対する戒め。


 だけど、今の俺には、その前提にあることすらも、できない。

 将来働くことも。やるべきことを持つことも。恋愛をすることも。

 去年の七夕の日は、入院して初めての検査の結果が出た日だった。

 俺の行く末が決まった日。
 不治の病である痛熱病だと診断され、余命は長くて二年だと言われた日から、一年が経とうとしていた。

 あの日以来、俺の生活は一変した。
 休学を余儀なくされ、家に帰ることもできなくなった。
 家族を心配させまいと前向きな発言を繰り返し、必死に笑顔を作っていた。

 ――大丈夫。

 ――治らないと決まったわけじゃない。

 ――まだ可能性はある。

 そう、自分に言い聞かせてきた。

 本当は、泣きたかった。叫びたかった。

 いろんな検査をした。いろんな薬を試した。脊髄だか延髄だかの液を取るみたいなこともした。
 とにかく、必死に生きようともがいてみた。


 でも、ダメだった。

 どんな薬を飲んでも、どんな療法を試しても、一向に改善の兆しはなかった。それどころか、発作の回数は増え、ひどい時は気絶することもあった。

 半年後には、俺はもう何に対しても無気力になっていた。

 興味があった職業への夢を、捨てた。

 俺がやるべきことは、ただ寝ることだけになった。

 高校で夢見てた甘酸っぱい恋愛への憧れは、掻き消えた。

 全て、放棄した。放棄せざるを得なくなった。

 俺は、なるべく傷つかないよう、静かに死のうと思った。

 この余命は、神だか悪魔だかがくれた死への準備期間だと思うことにした。
 裏庭は、そんな気持ちを落ち着け、整理するために行く場所だった。


 そんな、死への支度をするための場所で、彼女と出会った。


 夏に生きることへの希望を膨らませ、青い瞳を爛々(らんらん)と輝かせていた。
 俺とは対極にある、生への希望を、彼女は抱いていた。

 最初は正直、少し鬱陶しく感じた。無理に夏に生きようとせず、冬に生きられるなら冬に生きてればいいじゃないか、と思った。

 でも、死が目前に迫った俺にとって、彼女のもつ夏への希望は羨ましく、まぶしかった。せめて最後くらいは俺もそれに触れていたい。そう思った。

 だから、俺は契約を結ぶことに決めた。もちろん、彼女のもつ不思議な能力や病気を治すという話が気にならないわけじゃない。でも、それよりも、俺は生への未練を絶ち切るために、彼女の生を手伝いたくなった。


 ただ、それだけだった。