特別編 炮烙(ほうらく)
(注)淫虐注意w

1
 艶やかに透けるような衣装で大宴会に侍る美女たち。廷臣たちはろくに衣服も身につけず、思う存分に肉を食い、浴びるように酒を飲み続けた。あちこちで艶めかしい声が上がっているが、無礼講で淫行も自由である。
 こうして何夜も続く歓楽の極みを「酒池肉林」「長夜の飲」と褒め称えられる。
 当代の殷王は「自由と平等」の守護者であるから、こういう万物斉同の爛れた仙境の如き世界を顕現させる。まさしく「神」であった。


2
 やがて、王に逆らう愚か者たちが新たに護送されてくる。金属の柱を大火の炎の上に渡し、油を塗った上を渡らせるのである。
 ただでさえ焼け爛れるし、油で滑るから普通に歩いて渡るなど不可能。這うようにして渡ろうとして、全身に火傷を負って、火炎の中に転げ落ちる。人肉の焼ける香ばしい香りと楽しい見世物に、宴会の一同は沸く。
 殷王は数年前に手に入れた絶世の美女、妲己とその義妹たちを侍らせて、威風堂々と飲んだくれている。彼もまた偉丈夫で肉体美の化身でもあるから、世の女たちに劣情を催させるに十分だろうし、桁違いの体力で宴席と政治をこなし続ける魔物であった。
 傍らの妲己は恍惚とした微笑みを浮かべ、口移しに酒を飲ませる。その横では年少の義妹の一人が真っ赤な顔で痙攣しながら小水を漏らしている(いつもこうなのだ)。およそ一糸まとわぬ上の義妹貴人がそれを介抱しながら(そして殷王の悪戯で甘い悲鳴を上げながら)、妲己の反対側から殷王に愛想良く楽しげに歌を歌っている。
 やがて切り分けられた人肉、中でも一番良いところが運ばれてきて、殷王と妲己たちは舌鼓を打った。廷臣たちも似たような具合であった。
 そんなときに、ふと炮烙の見世物と人肉調理に目を注いだ。

「王よ、あの子を賜れ」

 見れば一人の少年が焼けた柱の処刑橋の前で怯えている。次の順番で殺されてしまうのだろう。
 王は言った。

「それならば去勢して宦官にしよう。それで良いかな?」
「よろしゅうございます」

 ほんの半秒の躊躇いの後に、妲己は笑顔で答えた。

「奴隷と玩具には、その方がかえってよろしゅうございます。妾は男のための女、あれは女のための女でございます」

 殷王は声を上げて笑った。命令で少年が当面の死を免れると、妲己は平伏して礼を述べた。


3
 ようやく酔いが覚めてベッドから起き、ふらつく足取りを忠実な盟友で義妹の貴人に支えられて後宮の廊下に出ると、飾り立てられた干し首が幾つも並んでいる。
 これは殷王がかつて狩りをした「獲物」で、妲己たちの親兄弟なのだ。彼女たちもまた、狩猟の戦利品なのであった。
 どれだけ寵愛されたとしても、人権はない(人権の概念すらない)。酔いが覚め、我に返ると悲惨な気持ちになるけれども、今となっては心身共に仇の殷王だけが頼み。ほとんど愛情や崇拝すら抱いている。だからたまに狂ったヒストリーを起こす。
 貴人がポツリと言った。

「昨日はなんであんなこと言ったの? 人でなしのアンタにしちゃ珍しいじゃん」
「何のこと?」
「あのガキんちょのこと。何で助けたのかっての。ひょっとして、昔の知り合いにでも似てた?」

 かつて「狩り」で彼女が村落から捕獲拉致されたとき、目の前でなぶり殺しにされた幼い隣人のことを思い出したからだ。たしかにどこか面差しが似ていたとは思う。

「は? あなた、私に喧嘩売ってるの?」

 妲己は二日酔いにふらつく足で貴人を突き放し、凄んだ眼差しでニヤつく義妹の顔面を殴りつけた。ポカポカ殴られ蹴られる(かなり思い切り強く)のを腕でガードしながら、貴人は痛みに媚びるように「勘弁して」と繰り返す(そのくせ目と口の端には微笑が浮かんでいたのだが)。


4
 その数日後、去勢されて宦官になったあの少年が妲己のところへ連れてこられると、まず跪かせて足を舐めさせた。
 貴人が「泣きそうな顔してるじゃん」と茶化すと、妲己は「くすぐったいだけ、お前だっていっつもヒイヒイ啼いてるくせに」などと言って、顔を背けるのだった。