夜、他の貴妃が寝静まった頃、私は月明かりが照らす後宮の庭に出て星を眺めていた。
 このところ皇帝は私のところに来てはくれていないけれども、こうやって星を眺める夜を過ごせるのであれば寂しくはない。
 そう、私はここで平穏な生活を送れるのであれば、他の貴妃のように皇帝の寵愛を求めようとも思っていないのだ。だからだろうか、皇帝からの寵愛もない替わりに、他の貴妃達の陰湿な争いから距離を置くことができていた。
 星空を見上げ、指で星座をなぞる。まだ冷える日が続くとはいえ、すっかり春の夜空になっていた。
 星をなぞっていた指が冷える。次第に体が凍えてきたので、私はこれ以上体を冷やさないようにと部屋へと戻った。
 部屋に戻ると、灯りの下に何冊もの本が置かれている。この本は全て、西の国の本を訳したものだ。
 本の表紙をそっとなでる。この西の国の本には、星の話が沢山詰め込まれていた。それは神話だとかそういったものではなく、星の動きや星の並びを考察している難しいものだ。
 私はこの本にひどく親しみを覚えていた。できればこの本を書いた西の国のあの人に会いたいとさえ思う。けれども、それは叶わないことなのだ。だからせめて私はこの本と共にこの後宮で、穏やかに一生を過ごしたい。
 本を手に取ってぱらりとめくる。難しい内容なのに、その文面からは優しさと輝かしさを感じた。
 そうしているうちに瞼が重くなってきた。今夜はそろそろ眠った方がいいだろう。

 翌日、いつものように自室でお茶を飲みながら西の国の本を読んでいると、皇帝が第三皇太子を連れて私の元へとやって来た。突然どうしたのだろうと思ったら、天文の話が好きな第三皇太子を私に会わせたいとかねてから思っていたとのことだった。
 皇太子は、天文に興味を持っていて、宮廷の天文学者と共に研究もするほどなのだという。政治のことはからっきしだが。そう言って皇帝は苦笑いをした。
 皇太子は、私を見るなり表情を明るくして、挨拶もそこそこに星の話を始めた。それは私が西の国の本で知ったものとはだいぶ違った星の話で、言ってしまえば私の知らない星の話だった。
 このひとは女である私ではなく、私が知っている天文の話に興味があるのだろう。そう思った。
 けれどもそれは嫌なことではなく逆に気楽だったし、彼が聞かせてくれる星の話もまた面白いものだった。
 皇太子が私に言う。西の国の星の話を聞かせて欲しいと。私は自分でわかっている範囲で星の話をした。私たちが住む大地は丸いもので、太陽の周りを他の惑星と共に回っているのだとか、太陽や月の蝕は、この大地の影が太陽や月にかかることで起こるだとか、そんな話だ。
 皇太子はその話を否定せず、興味を示した。そして、この頃天文学者の元に入って来ている西の国の天文書を、皇太子も読んでいると言い、独学でそこまで把握しているのはすばらしいと、私のことを褒めてくれた。
 その言葉がとても嬉しかった。なんとなく、私が持っている本を書いた人のことを褒めてもらえたように感じられたからだ。
 皇太子と星の話を交わすうちに、彼に親しみを感じはじめた。
 あの本を書いた西の国の人も、こんな人なのかもしれないと思えたのだ。

 それからしばらく。あの皇太子は時折私の元へと通うようになった。そのことを他の貴妃から妬まれるかとも思ったけれども、彼はおそらく皇帝になることはないだろうと他の貴妃は思っているらしく、そこまで干渉されることはなかった。
 そうして皇太子と親睦を深めているうちに、皇帝からこう言われるようになった。
 お前を皇太子妃にしたい。あいつがこんなに興味を持った女はお前がはじめてだ。と。
 皇太子は私を妃にすることに異論は無いようだし、私も、皇帝の言葉には逆らえない。謹んで皇太子妃になることを承諾した。
 婚礼までの長い期間を経て式を挙げ、私と皇太子は夫婦になった。それなのに、皇太子はいまだ私を女として見ているような素振りを見せなかった。
 でも、それはそれで良いと思った。一緒に夜空を見上げて、星を観察して記録を付ける。この、天文学者がやるような仕事を、私にもやらせてくれているのは楽しかったし、こうすることで西の国から来た天文書を書いたあの人に近づけるような気がして、嬉しかったのだ。
 きっと、皇太子は私自身ではなく、星の話に興味があるだけなのだと思う。それを受け入れることのできる女が、きっと私だけだったという、それだけのことなのだろう。
 けれども、少しだけ気になった。星の記録を付け終わった皇太子に訊ねる。他に気になる貴妃はいないのかと。すると、皇太子は照れたように頬に手を当て、こう答える。
 貴方が良いのです。まだ結ばれたという実感はありませんが、これからも一緒に星を見て、一緒に生きて下さい。
 それを聞いて顔が熱くなった。私も、皇太子にこう伝える。仰せのままに。と。
 こんなに星が好きなこの人となら、きっと一緒に生きていけるだろう。