庭に住む虫たちが、ふたりをお似合いだと囃し立てた。
 黒狼にそれを気づかれたくなくて、赤くなった頬を見られたくなくて、結蘭は衣やてのひらに乗ってきた虫たちに微妙な笑みで返す。
「美しい」
「え? あ、桜、綺麗ね」
 風に乗り、踊る花びらが庭に薄紅色の毛氈を敷き詰める。
 黒狼はゆるく首を左右に振った。
「桜か。綺麗だな。だがもっと美しいものがある。俺は改めて感動している」
 以前、ふたりで遠乗りをした日に語ったことを思い出す。黒狼が感動を覚えるものとは、なんなのか。
 その答えが、今、目の前にある。
「虫、なのね」
「少し違うな」
「え?」
「虫を思いやる、結蘭の心だ。なによりも美しく尊い」
 呆気にとられて、真剣な眼差しの黒狼と視線を交わす。
 虫を思いやるといっても、結蘭には昔からやってきた自然なことなのだ。友人や家族を大事にするというのと同じ感覚なのである。
 桜の花びらが一片、池にふわりと舞い落ちた。
「虫など、気味が悪いと踏みつぶされる弱い立場だ。俺も虫と同じだ。亡国の元皇子なんて忌まれる存在だからな。それなのに結蘭は、大事に労る。俺も、虫も」
「そう……。でも私は、黒狼も虫も弱いなんて思っていないわ。私のほうが助けられてばかりよ」
 彼が綺麗と感じるものが自分の心だと知り、じわりと甘いものが胸ににじむ。
 嬉しくて、でもなぜか切なくて。
「結蘭がいなければ、俺は今頃、詠帝に刃を向けて斬首されていたはずだ。おまえは、生かすことの大切さを、時間をかけて俺に教えてくれたんだ」
 恭しくてのひらをすくう黒狼に、手の甲にそっと口づけられる。
「これからも、俺を傍に置いてくれ。結蘭公主」
 漆黒の双眸には、いとしさが込められていた。
 結蘭は桜色をした唇を噛み締めた。眦に涙がにじむ。
「こちらこそ。よろしくね、黒狼」
 笑うと、弾みで涙がこぼれる。あふれる雫を、黒狼は無骨な指先でそっと拭った。
 向かい合うふたりを、舞い散る桜が優しく包む。
 遙か天空を、黄金の金色蝶が舞う。それは、金色の帯。爽やかな天の蒼は、まるで公主の纏う裙子のよう。
 虫と話せる蟲公主が金色蝶に出会ったお話は、後世に語り継がれた。
 彼女の隣には、常に漆黒の近侍が付き従っていたという。