「いいえ? 私の一存です。小遣い稼ぎですよ」
 敬州を庇い、一人で責任を負うつもりだ。
 結蘭は人並みをかき分けて声をあげた。
「陛下! 私は塩湖を見て参りましたが、敬州は決して豊かではありません。北蜀との戦で民は大変な目に遭ったのです。夏太守は民のためを思えばこそ、闇塩に手を染めたのだと思います。どうか、恩赦を」
 皇帝の面前でも作務衣を纏う夏太守は、困ったように笑う。
「いやはや、そんな聖人に仕立てられては照れますな。しかし、金がないのは確かです。民は病人に薬を与える銀子すら工面できません」
 やんわりと民の苦境を上奏する眼差しは、真剣みを帯びていた。
 詠帝は神妙に頷く。
「うむ。先の戦で敬州には辛い思いをさせた。事が落ち着いたら、朕自ら赴き、敬州の現状を確かめよう。そなたが民を思う気持ちはよくわかる。最大限の恩赦を与える」 
 結蘭のものだけではない安堵の吐息が、殿全体に伝わった。
 皇帝が斬首と断定すれば、それで審理は済んでしまう。敬州すべてを敵にまわすことは、塩そのものの存在が揺らいでしまうことになりかねないのだ。
英断でございます、と合唱される。
 本題はここからだった。
 続いて、李鈴が衛士に連れられて入場してきた。皇帝に毒を盛ったと告白したことは、火災の現場で大勢の人間が聞いている。
 童女の李鈴は蒼白になり、がくがくと膝が震えている。呂丞相は優しく問いかけた。
「そなたが陛下の茶碗に毒を入れたことは間違いないか?」
「毒ではありません! 好きになるお薬です……。姉さまは、そうおっしゃいました」
「姉に入れてこいと言われたのか?」
「いいえ。あとで使うからと菓子箱にしまったのです。陛下が姉さまを好きになってくれたら喜んでもらえると思って、こっそり入れてあげました。でも……」
 上衣の裾をいじりながら、李鈴はうつむいた。李昭儀は火傷が深く床に臥せっているため、この場には来られない。
「その惚れ薬とやらは、これのことかな?」
「あっ……。それです! でもどうして? 菓子箱に元通りしまって、姉さまに叱られて、それで……」
 呂丞相が持っている小瓶は、黒狼の房室から発見されたことになっている証拠品だった。李鈴が使用したものは火事のときに灰と化している。
「黒狼校尉の房室から発見されたこれと、李昭儀が入手したものは同じ薬師によって作成された同一の附子と思われます。尚書省付きの薬師をこれへ」
 附子の判定を行った侍医と共に、薬師が現れた。薬師は医療行為は行わず製薬専門職だが、医者とは密接な関係にある。
「これはそなたが作ったのか?」
「……さようにございます」
「誰の命令じゃ」
「……申し上げられません!」
 震える薬師は土下座した。代わりに侍医が答える。
「王尚書令さまにございます。私どもは主の命令に従ったまで。用途については知らされておりません」
「黒狼校尉が下手人に挙げられた時点で、不審だとは思わなかったのか。そなたらは自分で作った毒薬を、わざわざ皆の前で判定するのか?」
「さあ……。私どもは医術と薬の知識以外のことは、なにも存じません」
 悪い意味で医者の鑑といえる侍医たちを呂丞相はそれ以上追及することをせず、審理を見守る一同に向き直った。
「それでは、黒幕の言い分を聞きましょうぞ」
 衛士に伴われた王尚書令は、堂々と胸を張り、威厳を保っていた。縄を掛けられていなければ、下手人とわからないほどだ。
 呂丞相が並べ挙げた数々の罪状を聞いても、平然としている。
「それで? それらがなぜ、私の仕業だといえるのです。私の失脚を狙う者に仕組まれた罠に相違ない」
 失脚、の部分を強調して呂丞相をにらみつける。
 遂に宿敵を葬り去る機会が訪れたと喜ぶ様子は、呂丞相には微塵もなかった。
「王尚書令の命令のもとに作られた附子が、媚薬と偽られて李昭儀の手に渡ったことは明白。しかも暗殺が失敗すると、同じ毒が黒狼校尉の房室から見つかる。いや、罪を着せるため急遽用意されたのじゃろう」
 附子を発見した尚書省付きの衛士が証人として呼ばれた。侍医や薬師と同じように、王尚書令の命令で行ったと白状する。小瓶はやはり、あらかじめ王尚書令より預けられていた。