太陽に照らされた粒子が、きらきらと輝きを放っている。まるで宝玉が散りばめられた海のようだ。あまりの眩しさに、結蘭は双眸を細めた。
「湖といっても、浅いのね」
 一般的な湖とは違い、雨上がりの水溜りくらいしか深度がない。水面に反射した天が、鏡のように映っている。もうひとつの天が現れる現象を、鏡張りというのだと劉青は語った。条件が揃ったときしか出現しない珍しいものだという。
「いずれ塩湖は消えてなくなってしまうのだそうです。夏太守はそれまでの辛抱だと、常々おっしゃっています」
「消えてなくなる? どういうことかしら?」
「河から流入する水の量と、蒸発する水分との兼ね合いがそうさせるとか。私にはよくわかりませんが、とても遠い未来のことらしいです。夏太守は遥か先を見る目を持っていらっしゃいます」
 塩湖に映る山と雲を眺めながら、黒狼は口を開いた。
「辛抱とはどういう意味だ。塩のおかげで敬州の財政は潤っているはずだろう」
「……御存知かと思いますが、塩売買の権利は政府が牛耳っています。敬州は、官吏への賄賂を差し引いたわずかな手間賃しか与えられていません。それに塩の利権を巡って、この辺りでは戦が絶えませんでした。敬州の民は苦労を強いられて……もうやめましょう」
 苛立った声音で話していた劉青は、溜息と共に話を切り上げる。
 決して豊かではないことは、湖畔に立ち並ぶ古びた作業場や民家から察せられた。呂丞相から聞いた話と、現実は違うようだ。
「こちらが夏太守の屋敷です」
 案内された邸宅は重厚な造りだが豪勢なものではない。むしろ、塩害で家屋が傷んでいる。
 門兵が駆けてきて劉青に耳打ちすると、彼の柳眉がひそめられた。
「ここでお待ちください。すぐに戻ってまいります」
 馬を下りてどこかへ行ってしまった。厩舎係がやってきたので、結蘭と黒狼も下馬する。子翼は道に積もった塩を味見しようと、舌をべろりと出した。
「ふふ、しょっぱいわね」
 ぶるる、と首を振った子翼とほかの二頭は厩舎へと導かれたので、辺りを徒歩で散策してみる。
 邸宅からほど近い場所に作業場のような棟が並んでいた。小さな部落ほどの規模がある。
「ここが製塩所かしら?」
 周囲はぐるりと塀が巡らされ、入り口は閂の付いた門構えである。門兵が二名おり、槍を携えていた。
 作業場にしては警備が厳重すぎる。
 奥の路を行き来する工人の姿が見えたので、結蘭は門に近寄ってみた。
 途端に、門兵に槍で塞がれる。
「こちらは見学できません。お引取りください」
 仕方なく離れるが、門兵は結蘭たちの行く先を目で追っていた。黒狼は首を捻る。
「濾過して袋に詰めるだけだろうに、見るのも駄目とは厳しいな」
「塩賊を恐れているのかもしれないわね」
 現在の市場価格と照らし合わせると、精製した上質の塩は砂金と同等の価値がある。
 見れば、あちらこちらに巡回している兵がいて、結蘭たちに目を配っている。
 それを避けるように湖畔に出ると、ひとりの男が土手に座り込んでいた。
 男の燻らせる香烟から、輪になった煙が浮かんでいる。工人らしき男に結蘭は声をかけた。
「こんにちは」
「やあ」
 男は結蘭のほうを見ようともせず、ぼんやりと白銀の湖を眺めている。
「ここの工人さんですか?」
「なにに見えるね?」
 質問で返されてしまい、少々困惑してしまう。
 丸腰で作務衣を着ていれば、工人にしか見えないのだけれど。
「休憩中ですか?」
「人生すべてがそうだと思わないか?」
 真意が見えない答えは、まるで僧と会話しているようだ。結蘭は男の隣に腰を下ろした。
「作業場ではどんなことを?」
「闇塩について調べにきたのかね?」
 男は首を傾け、初めて結蘭を見た。
 悪戯めいた微笑を浮かべているが、眼差しは鷹のように鋭い。それでいて大海のような懐の深さを思わせる。常人離れしている双眸に慄き、結蘭は思わず身を引いた。
「どうしてそれを……」
 香烟を一口吸い、ぷかりと天へ輪を投げる。
「同じことを聞いてきた女がいたね。闇塩を探りたいと、顔に書いてあるんだ」
「どんな女の人でした?」
「貴女よりは年上だ。端麗な顔立ちで、声に張りがある」