話は終わりとばかりに、李昭儀に扇で払われ、房室から追い出されてしまう。
 なんか、納得できないなぁ……。
 呪術師にしては人数が多かった気がする。昨夜の男たちは十名はいたはずだ。
 結蘭は首を傾げながら廊に出た。控えていた女官の顔を見て、はっとなる。
「貴女は……昨夜、私たちが賊と戦うところを見ていたわね?」
 門扉から覗いていた女官に間違いない。
 彼女は気まずそうに視線を逸らしたが、慇懃に頭を下げた。
「物音がしたので覗いてしまったのです。それだけです。どうか、ご容赦を」
「一番始めに、なにを見たか覚えている?」
 しばしの間があった。女官は頭を下げたままなので、表情がうかがえない。
「わかりません。結蘭公主さま、ご容赦を」
 なにかを隠している。結蘭は察知した。
 李昭儀の言い分は正否の判別はつかないが、もしかしたら用意された答えなのかもしれない。
 証拠が必要だ。
 長い廊下の途中で、結蘭は腹を抱えてうずくまった。
「結蘭公主さま? どういたしました」
「急にお腹が……厠所をお借りしてもいいかしら」
「こちらへ。侍医をお呼びしましょうか」
「ううん、大丈夫よ。時間が掛かりそうだから、待っていなくてもいいわよ」
 厠所の扉を閉め、窓にはめ込まれた木蓋を外す。
 結蘭は窓枠に身体を捻り込ませた。
 足が宙に浮いてしまい、すんなりと抜けられない。手足をばたつかせて苦戦していると、にゅうと伸びてきた手に掴まれ、引きずり出された身体は芝に下ろされる。
「黒狼! よく私がここから出てくるとわかったわね」
「当然だ」
 悠々と宮の裏手を歩きだす黒狼は、すでに辺りを調べてから厠所の窓で待機していたらしい。
「庫房を調べるんだろう。こっちだ」
「李鈴は?」
「池の鯉を数えさせてる」
 青芝が敷かれた宮殿の奥には、妃嬪の衣食を司る工房が建てられている。
その中では職工や女官が働いているのだ。敷地の最奥にある庫房はひと気がなく、ひっそりと佇んでいた。
 闇塩が運ばれたとするなら、ここに保管されているに違いない。
 食糧庫を前にすると、堅牢な錠前が掛かっていることに気がつく。
「あ、鍵はどうしよう。壊したらバレちゃうわよね」
 黒狼はするりと、結蘭の髪を飾っていた翡翠の歩揺を引き抜いた。尖った先端を鍵穴に挿し込む。ほどなくして、かちりと小気味よい音が鳴る。
「歩揺にそんな使い方があったのね」
「有用だろ」
 重厚な扉を開けると、整然と積まれた大量の麻袋に出迎えられる。俸禄比二千石ある昭儀の庫房なので、貯蔵量も大変なものだ。
「片端から調べるぞ」
 紐を解き、袋に手を入れる。ざらざらとした感触には覚えがあった。
「稲籾ね」
「こっちは米だな」
 すべての麻袋を確認したが、塩はひとつもなかった。
 念のため隣の宝物庫も錠前を外して、なかを覗いてみる。おびただしい数の仏像が、雑然と並んでいるだけだった。
 元通り鍵を掛ける。施錠の音と共に落胆が広がった。
「なにもなかったわね」
 近くにいる虫に話を聞けないだろうか。芝があるので虫も住んでいそうだ。
 結蘭は屈んで虫の姿を捜したが、見つけようとするといないものである。
「そろそろ戻れ。厠所に踏み込まれるぞ」
 随分と時間が経過してしまった。結蘭は慌てて厠所の窓に戻り、木枠に手をかける。高い位置にあるので、足がぶら下がってしまう。
「ほら」
 黒狼は壁に向かうと、かがんで肩を差し出す。踏み台にしろということだ。
「ありがとう」
「礼など言うな。雪が降る」
 ひどい言い草だ。黒狼の肩を借りて、とんと飛び上がり、無事に厠所へ着地する。
 廊下で待っていた訝る女官に微苦笑で答え、表へまわる。
 すると、李鈴が小走りで黒狼のもとへ馳せ参じていた。
「黒さま。池の鯉は全部で三十九匹いました。八度数えなおしたので間違いありません」
「よくやったぞ。誉めてやる」