まさか虫が人のような会話をするとは思えないが、先ほどの青虫の動きを見ていると空想とも思えない。
「虫を操れるのか?」
「ううん。わたしは虫さんとおはなしできるの。でもみんなしんじてくれないんだぁ。お母さまもね、あらそうよかったわねっていうの。ホントなのよ?」
駄々っ子のように唇を尖らせて椅子に腰掛け、足をぶらぶらとさせる。
貴人の話していた『事情』とは、この娘のことらしい。先ほどの青虫の動きを注視していなければ、夢想としか思えないだろう。
「俺は信じるよ」
女の子はぽかんと口を開けて、それから喜びをにじませた。
「ほんと? しんじてくれるの?」
「ああ。信じる」
「わあーい。ありがとう、人さん!」
「人さん……」
嬉しくてたまらないという風に、両手を天に掲げている。
どうやら青虫さん、人さん、と彼女の中では同列の扱いらしい。
隣室からは女と貴人の囁き声が聞こえてくる。女は自らの窮状を訴えているようだ。こちらをうかがっている様子はない。
「俺の名は、趙瑛だ」
「わたしは結蘭だよ、人さん」
「いや、あのな」
「人さんに、わたしのとっておきの夢をおしえてあげるね!」
まあ、いいか。
人さんとして彼女の会話に付き合うのも悪くない。
趙瑛は女の子の隣に腰を下ろした。
「夢とはなんだ?」
「あのね、あのね」
内緒話のように、耳元に唇を近づけられる。温かな、小さな呼気が耳朶をくすぐった。
「金色蝶と、おはなしすること」
お伽話に登場する金色蝶は、助けたお礼に願いを叶えてくれるという。全体が金色に光る蝶は想像の産物で、まして願いを叶えるだなんて物語の中だけの話だ。
けれど、本当のことを言えば彼女の夢を壊してしまう。
『本当のこと』だから、なんでも言っていいわけではないということを、聡い趙瑛は知っていた。
「いつか、叶うといいな」
「うん! わたし、大きくなったら金色蝶をさがす旅にでるんだ。人さんもいっしょにいこうね」
「あ、ああ……。そうだな、行ってもいい」
「人さんの夢はなあに? わたしにおしえて?」
夢。そんなもの、持ったことがなかった。願望なら、ここに辿り着くまでの凄惨な体験を通して湧いた。
あいつらに、復讐すること――。
女の子は無垢な瞳で覗き込むように顔を近づけている。
己の復讐心を見透かされるようで、そのどす黒い心が彼女を穢してしまいそうで、趙瑛は滾る腹の底を諫めた。
「俺も……金色蝶を見つけたい」
「ほんと⁉」
「ああ。今、決めた」
「わあい。うれしい、うれしい」
兎のように飛び跳ねる女の子は結蘭と名乗ったか。
愛らしい娘を見ていると、ささくれた心も凪ぐようだった。
――不思議な娘だ。
趙瑛は目を細めて、いつまでも歓喜をあげている結蘭を眺めていた。
「虫を操れるのか?」
「ううん。わたしは虫さんとおはなしできるの。でもみんなしんじてくれないんだぁ。お母さまもね、あらそうよかったわねっていうの。ホントなのよ?」
駄々っ子のように唇を尖らせて椅子に腰掛け、足をぶらぶらとさせる。
貴人の話していた『事情』とは、この娘のことらしい。先ほどの青虫の動きを注視していなければ、夢想としか思えないだろう。
「俺は信じるよ」
女の子はぽかんと口を開けて、それから喜びをにじませた。
「ほんと? しんじてくれるの?」
「ああ。信じる」
「わあーい。ありがとう、人さん!」
「人さん……」
嬉しくてたまらないという風に、両手を天に掲げている。
どうやら青虫さん、人さん、と彼女の中では同列の扱いらしい。
隣室からは女と貴人の囁き声が聞こえてくる。女は自らの窮状を訴えているようだ。こちらをうかがっている様子はない。
「俺の名は、趙瑛だ」
「わたしは結蘭だよ、人さん」
「いや、あのな」
「人さんに、わたしのとっておきの夢をおしえてあげるね!」
まあ、いいか。
人さんとして彼女の会話に付き合うのも悪くない。
趙瑛は女の子の隣に腰を下ろした。
「夢とはなんだ?」
「あのね、あのね」
内緒話のように、耳元に唇を近づけられる。温かな、小さな呼気が耳朶をくすぐった。
「金色蝶と、おはなしすること」
お伽話に登場する金色蝶は、助けたお礼に願いを叶えてくれるという。全体が金色に光る蝶は想像の産物で、まして願いを叶えるだなんて物語の中だけの話だ。
けれど、本当のことを言えば彼女の夢を壊してしまう。
『本当のこと』だから、なんでも言っていいわけではないということを、聡い趙瑛は知っていた。
「いつか、叶うといいな」
「うん! わたし、大きくなったら金色蝶をさがす旅にでるんだ。人さんもいっしょにいこうね」
「あ、ああ……。そうだな、行ってもいい」
「人さんの夢はなあに? わたしにおしえて?」
夢。そんなもの、持ったことがなかった。願望なら、ここに辿り着くまでの凄惨な体験を通して湧いた。
あいつらに、復讐すること――。
女の子は無垢な瞳で覗き込むように顔を近づけている。
己の復讐心を見透かされるようで、そのどす黒い心が彼女を穢してしまいそうで、趙瑛は滾る腹の底を諫めた。
「俺も……金色蝶を見つけたい」
「ほんと⁉」
「ああ。今、決めた」
「わあい。うれしい、うれしい」
兎のように飛び跳ねる女の子は結蘭と名乗ったか。
愛らしい娘を見ていると、ささくれた心も凪ぐようだった。
――不思議な娘だ。
趙瑛は目を細めて、いつまでも歓喜をあげている結蘭を眺めていた。