羅刹の居城での顛末を聞いた帝釈天は激高した。
 流麗な長い金色の髪が逆立つほど、怒りを漲らせる。
「おのれ、夜叉め! 人間の分際でどこまで我の神世を乱すつもりだ!」
 報告にやってきたマダラは羽を閉じて身を縮める。
 もとは帝釈天のしもべであるこのあやかしは生き残る術を知っていた。それは弱者である己の立場をわきまえ、強者に従うことである。マダラは賢い。誰が神世の頂点であるのか理解している。
 それなのに鬼神どもはどうだ。
 足並みは大いに乱れている。
 夜叉を亡き者にしてやると言い放ったのは羅刹だった。やつならば果たせるだろうと信頼して任せたものの、結果は惨憺たるものである。
「羅刹はなぜ謝罪に来ないのだ。さっさとやつを呼んでまいれ!」
「それが……現世へ戻りました。明日は会社があるだとかで……」
 マダラの怯えた声に怒りを煽られ、腕を振り上げる。空を切り裂き、閃光が走る。
 要領のよい斑の者は、転げるように身をひるがえして電撃を避けた。
 人間どもの住む現世はそんなにも魅力的だというのか。
 羅刹なぞ信用ならない。今回の件は鬼衆協会があらかじめ仕組んだのではないかとさえ思えた。
 そもそも、鬼衆協会などというものを設立したのは先代の夜叉である。
 帝釈天は混血の夜叉によく似た男の顔を思い浮かべた。
 そのとき兵士が、遙か遠くの扉の陰で告げる。
「御嶽殿が参りました」
「……通せ」
 手を振ってマダラを下がらせる。逃げるように飛んでいったマダラと入れ替わりに、かつて見慣れていた男が入室してきた。
 不遜な男は帝釈天に礼すら尽くさない。
「久しぶりだな。帝釈天よ」
「なにか用か、御嶽。そなたは我を裏切った分際で、よくも善見城に顔を出せるものよの」
 夜叉の証である真紅の双眸は、燃えるように輝いている。
 漆黒の着物をひるがえした御嶽は、悪鬼のごとき笑みを見せた。
「裏切っただと? 帝釈天に忠誠を誓うなどと、わたしがいつ言ったかな」
「そなたは相変わらず、小賢しい男だのう」
 優雅な仕草で金髪をかき上げる。
 帝釈天は、この男が嫌いだった。
「裏切りや、小賢しいなどという語句を使うのは、己がそうであると思っているからではなないかな?」
 こういうところだ。不遜で無礼で、そして狡猾な男は、実に鬼神らしい。
『なにが言いたいのだ』という問いは決して口にしまい。
 御嶽は、そう言わせるために挑発しているのだから。
 今さら善見城に現れたのは、真実を明らかにするためだとでもいうのか。
 口元に笑みを刷いた帝釈天は翡翠色の双眸を細めた。
 神世の真実は、主である我が定める――。

   ◆

 桜の花が咲き誇る柔らかな日より。
 私は控え室の鏡を見て、まだ信じられない思いでいた。
 正絹の白無垢は華やかな錦織で、鶴の模様が浮き上がる。結い上げた髪には純白の綿帽子。唇には淡い紅を引いている。
 私は、お嫁さんになってしまったのだ。
 柊夜さんから突然、約束していたプレゼントを渡すと言われて、わけもわからずついてきた。
 到着したここは結婚式場である。
 それから瞬く間に白無垢に着替えさせられてしまった。
 もしかして……結婚式を行うというのだろうか。
 だって私たちはもう籍を入れていて、子どももいる。さらに、ふたりめの子までお腹にいるのに。今さらなので恥ずかしいという気持ちでいっぱいだ。
 けれど、胸には満開の花が咲き乱れるほどの喜びがあふれている。