もちろん私が参加したことはないし、柊夜さんは協会の仕事について詳しいことを語らない。
 妊娠していた頃は、私が人間だから話したくないのだなと思っていた。
 私は夜叉の花嫁といえど、ただの人間で、それは今も変わらない。疎外感を覚えることは多々あった。
 けれど私の意見を押し通すより、柊夜さんの鬼神という立場を考えて、彼の意向を汲んであげるべきという思いに落ち着いた。
 夫婦だからといってなにもかもを曝せと要求するのは、あまりにも思いやりがない。
 だから、私はいつもこう言う。
「日曜日のことも多いですもんね。いってらっしゃい」
「きみも来ないか。もちろん、悠も一緒に」
 予想もしなかった誘いに、私は瞠目した。
「えっ……? 私が参加してもいいんですか?」
「もちろんだ。きみは、俺の妻なのだから」
 その言葉に感激があふれる。
 柊夜さんが、私を認めてくれたような気がして。
 もしかしてケンカのあとだから気を使ってくれたのかな。
 実は、一度くらい行ってみたいなと密かに思っていたので、そんな私の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。
「嬉しい……ありがとう、柊夜さん」
 ところが、ふいに柊夜さんは波紋を投げかけた。
「最初で最後かもしれないからな」
「……え?」
「なんでもない。さあ、支度をしよう」
 柊夜さんがつぶやいた謎の台詞に首をかしげる。
“最初で最後”というのは、もしかしたら、後継者である悠を参加させるための付き添いとして、私は一度だけという意味なのかもしれない。
 でも、それでもいい。柊夜さんが身を置いている世界に、私も同じようにそこにいたい。悠が大きくなったときは父親とふたりで出かけ、私は家で留守番をしていてよいのだから。
 そんな未来を思い描くのも楽しくて、心を浮き立たせた。
 いそいそと悠のおむつや着替えなどをバッグに詰め込んでいると、ふいに背後から声をかけられる。
「じゃあ、おいらは留守番してるにゃ」
 ふと振り向くと、ヤシャネコは私のすぐ後ろにいた。キッチンにいたはずだったのに。
「……ヤシャネコ、そこにいたの?」
 近頃、ヤシャネコが突如として消えたと思っては現れるということが増えた気がする。あやかしとはいえ猫なので、気配を消せるのが得意なのかもしれないが、なんだか違和感があった。
 問われたヤシャネコは、ぱちぱちと金色の瞳を瞬かせた。
「うにゃ……あかりん、おいらはここにいるにゃん」
 どこかぎこちなく答えるので、その理由に思い当たり、はっとなる。
 私がヤシャネコにかまわないので、寂しいのだ。
 ヤシャネコがいないと思うのは、それだけ私が注意を払っていないということ。悠が産まれたので子どもにばかり手がかかってしまうけれど、ヤシャネコも私の大切な家族なのだから、放っておいてはいけない。
 私はヤシャネコの、もふもふの体をぎゅっと抱きしめる。
「ヤシャネコ、ごめんね。あなたも私の大切な家族だよ」
「かぞく……そうにゃん? おいらは、あかりんが産んだ子じゃないにゃんよ」
「産んでも、産んでいなくても、一緒に暮らしていたら家族になるの」
「そうにゃんか~。じゃあ、おいらも“かぞく”にゃんね……」
 ヤシャネコがつぶやいた、そのとき。
 リビングに射し込む陽が、ヤシャネコの耳をさらりと溶かした。
 ぎょっとして、腕の中のヤシャネコを抱きしめる手に力を込める。
「あかりん、苦しいにゃん。はなしてにゃ~ん」
「あ……うん」
 どうやら錯覚だったようで、腕から飛び降りたヤシャネコの耳はいつもと変わりなかった。
 光の悪戯だったみたいだ。ヤシャネコは平然として尻尾を揺らしている。
 不思議に思うが、柊夜さんはなにも言わない。
 彼はとなりで黙々と悠のおむつを替えていた。
 私が外出着のベストを悠に着せる。淡いベージュのボアベストを着た悠は、ごきげんのようだ。白い歯を見せて笑っていた。
「それでは行こうか」
 悠を抱き、肩にバッグをかけた柊夜さんは指先を掲げると、空間に五芒星を描いた。
 すうっと広がった青い光は、暗いトンネルの入り口を作りだす。
 神世と現世をつなぐ、闇の路だ。
 闇の路を通って神世へ行くのは初めてではないけれど、臨月のとき以来になる。
 私の胸は新たな期待に躍った。



 闇の路を通り抜け、私たちは神世へ辿り着いた。
 鬼神たちとその眷属が住まう神世は、以前と変わらない様相を見せている。
 柳がさらさらと風に揺れる運河沿いには露店が建ち並んでいる。牛や犬の頭を持ち、和装を纏ったあやかしたちが街路を行き交っていた。漆喰の塀や屋根瓦に彩られた街並みは、江戸時代を彷彿とさせる。