「父さん、今日もやっぱ、お菓子置いてあるぜ。この子ほんと、これ好きだよな。まぁ、俺も好きなんだけど」

「シンバ、欲張るな。せいぜい三個ぐらいにしとけ。それ以上減ってたら怪しまれるぞ」

「大丈夫だって。俺らがいるなんて、絶対わかんねぇよ」


 意識が夢と現実の境界線を彷徨っていて、夢の続きを見ているんだと思った。でも夢にしては声はくっきりと、鮮明な輪郭で耳に届く。これは夢じゃない、と悟った途端、意識ははっきり覚醒した。


「それにしたって、四個は欲張り過ぎだぞ。それ一個で、三人とも一日食べられちゃうんだから」

「腐るもんじゃないから、これくらい持ってくよ。余ったら俺がおやつに食う」


 これはいったい何の会話だろう。部屋の中に誰かがいるのはわかってる。でも減ってたら怪しまれるとか、三人とも一日分食べられちゃうとか、どういうこと? まさかこの家には一人どころか、三人も屋根裏の住人がいるの?

 いや、そんなにいたらさすがにお父さんもお母さんも気付くはずだ。この声の主は、いったい……?


「ほら、四個も担いだら歩くのも難儀じゃないか。そんなんじゃ、家に帰れないぞ」
「父さん、一個持って」
「仕方ないなぁ」


 どういう意味? この会話は何なの?

 わたしはそっと声の方向に顔を向ける。声の主は、机の辺りにいるらしい。でも人の気配らしきものは部屋にまったくない。二人も誰かいたら、さすがに気配でわかるはずだ。それがないってことは、この声の主は……

 もしかしたら、人じゃない何か?


「誰かいるの?」


 勇気を振り絞って、声を出した。返事はなく、電気を消した真っ暗な部屋の中は静まり返っている。


「誰かいるなら、教えて。返事をして」


 やっぱり返事はない。会話をしているってことは、部屋の中には少なくとも二人以上がいる。そして返事がないのはつまり、わたしに存在を知られるのがまずいってことだ。

 わたしはばさりとベッドから起き上がり、学習机に走り寄った。机の上でことことと何かが動く音がした。やっぱり、何かいる。テーブルライトの電源に手を伸ばす。

 カチッ、とスイッチが音を立て、部屋の中が白い蛍光灯の光に照らされる。暗闇に灯ったその光は、今まさに机から降りようとしていた二人をあかあかと照らし出した。


「――!!」


 本当に驚いた時は、声なんて出ない。

 わたしの目の前でお菓子を背中に担いでいるのは、ちっちゃな人間だった。二人いた。一人は、お父さんと同い年ぐらいのおじさんの姿をしている。もう一人は、わたしと同い年ぐらいの男の子。二人ともしまった、という顔でこちらを凝視している。


「あなたたちは……誰?」


 ようやく喉の底から振り絞った言葉は、それだった。日本語をしゃべってるんだから、こちらの言葉も理解できるはず。でも二人は、じっと固まって緊張感を限界まで上り詰めさせた表情のまま、動こうとしない。


「いったい誰……なの? この家に住んでいるの?」


 わたしが出す声も、震えている。この人たちは、何なのか。幽霊? オバケ? でも、夜中に人間の食べ物を盗んでいく、こんなに人に近い形の――いや、まるきり人型の――オバケがいるなんて聞いたことない。

 わたしが今見ているものは、いったい何なのか。


「見つかっちまったもんはしょうがないな」


 男の子の方がふう、と肩を落として言った。意志の強さを表すような、しっかりと芯の通ったテノールの声だった。


「俺はシンバ。この人は父さん。あともう一人、母さんがいる。この家に住んでる、小人だ」
「小人……?」


 シンバと名乗った男の子はこくりと頷き、おじさんの方はやれやれ、といった調子でため息をついた。