元来た道を、こんなに早い段階で辿る羽目になるとは。
 電車を乗り継ぎ、駅から出て見慣れた街並みを眺めながら、憂鬱になる。


『そもそも帰るって言うけど、お前の家ここだからな』


 彼はそう言ったけれど、私の家はここだ。
 少し古いアパート。狭くても母と二人、細々と平穏に暮らしていた。


(はな)、あのね。相談なんだけど』


 いつもの如く仕事から帰宅した母が、キッチンで夕飯の支度をする私にそう切り出したのは、五か月ほど前のことだ。
 その声に覇気がなくて、少し胸がざわついた。


『……私がアメリカへ行くってなったら、どうする?』

『え?』

『実は今日、会社から打診があってね。来年の四月から半年、行かないかって……言われて』


 彼女が優秀な人材なのは知っていた。
 もともと母は以前、アメリカで仕事の経験があったらしい。その影響もあってか、家には洋書や英字新聞が溢れかえっていた。


『どうするって……』


 そんなの、私にはどうにもしようがない。
 突然言われて全く実感がわかないというのも勿論そうだけれど、それより何より。


『お母さんは、行きたいんじゃないの?』