振り返ったチョコが彼の名を呼んだ。
呼ばれた本人はといえば、「ちょっと散歩行ってた」と表情を変えずに答える。
「紹介します! 我らが部長、高橋乃志先輩でーす!」
「どうも」
チョコの紹介を受けた彼が、ぺこん、と申し訳程度に頭を下げた。つられて私も会釈をすると、彼はおもむろに近くの棚から一枚の用紙を取り出し、こちらに差し出してくる。
「な、何ですか?」
「ここに名前書くだけでいいから」
「え? あ、はい……」
愛想のない人だな、とそんな感想を抱いた。
よく分からず言われるままに署名をしかけた時、その用紙に印刷されてある文字が目に入る。
「入部届……!?」
危ない、騙されるところだった。名前を書くだけ、だなんて、詐欺みたいなセリフだ。
咄嗟に顔を上げると、不思議そうにこちらを見つめる彼と目が合う。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ……! 私、入部しに来たわけじゃないですから!」
「あ、そうなんだ」
特別落ち込むわけでも、憤るわけでもなく。ただ平坦に述べた彼の声色に、拍子抜けしてしまった。どうやら悪気があったわけではないようだ。
「タカナシ先輩、いくら廃部の危機だからって見境なく入部届渡すのやめた方がいいですよ」