彼の手を振り払って距離を取る。
 私としたことが。やっぱり家に上がるんじゃなかった、直感でやばいと思った奴は絶対に危ない。


「そもそも帰るって言うけど、お前の家ここだからな」

「違います、何かの間違いだったんです」

「こんなイケメンと住めるんだったら間違いでも何でもいいだろ」

「寄るな自意識過剰男――――!」


 本当に何なんだ。この人も、この状況も。

 母は本気で、私をこんな変態と住まわせようとしていたんだろうか。
 スマホの連絡先の一番上。ダメ元で電話を掛けたけれど繋がらなかった。きっと移動中なんだろう。

 母と別れたのはほんの数時間前。
 私は新しい住居へ、母は空港へ。不安げな表情で私を見つめる母を安心させたくて、笑ってみせたのが最後。

 私のことは気にしないで。向こうで上手くやってね。
 そんなメッセージのつもりだったのに、いま早くも撤回したい。……お母さん、とにかく電話に出て。せめて説明して。


「私は絶対に、あなたとは暮らしません! さようなら!」


 彼の顔を見ず、一方的に叫び倒す。
 荷物を抱えて玄関へ走った私を、後ろから追いかける足音はなかった。