え、と自分の口から声が出そうになって、慌てて息を呑んだ。

 つと鈴木さんの様子を窺う。彼の表情が明らかに強張ったのが分かった。


「……ええ、元気です。お気遣いありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」


 やや早口で言い放った彼が走り出す。
 混乱のさなかにいた私はそれを咄嗟に追いかけることができず、数秒立ち尽くした。

 彼の背中をぼんやりと見つめる女性に軽く会釈をして去ろうとした瞬間、横から声が掛かる。


「ごめんなさいね、お邪魔してしまって」

「あ、いえ……えっと、」


 言葉に詰まった私を見かねてか、彼女は簡素に述べた。


「私は鈴木さんと同じマンションに住んでいて……というより、お隣さんなのよ」

「そうなんですね……」


 全く知らなかった。それもそのはず、彼が私としか話していないのと同様、私だって彼としか関わっていなかったのだ。
 引っ越しだったらご近所さんに挨拶回りを、という発想になるけれど、私の場合は引っ越しとも何とも言えないし、お隣さんという概念が頭から抜け落ちていた。


「実は私、母の仕事の都合でこないだから鈴木さんのお世話になっていて……」