家の中には彼以外の気配が見当たらない。
 しっかり挨拶はしておきたかったけれど、買い物にでも行っているんだろうか。


「いや、いないけど」

「そうですか。じゃあ帰ってきたら挨拶を……」

「だから、いないって」


 念を押すような口調。
 やや荒々しく缶をテーブルに置いた彼の言葉に、私は首を捻った。


「仰っている意味がよく分からないんですが……」

「There is no one in this house.」

「いや言語の種類の問題ではなくて」


 無駄に発音いいのは何なんだ、一体。
 彼と話していると疲れる。そういった意味でも、早く誰か帰ってきてくれないかと切に願い始めていた。

 困惑しきる私をよそに、彼は手を組んで言う。


「ここには俺以外住んでない」


 じ、と見据えてくる、くっきり二重のアーモンドアイ。
 やけに真剣な表情を見て、ようやく彼の顔立ちが酷く整っていることへ意識が向いた。

 ……それよりも今この人、なんて?


「ええと――私の耳が正常なら、ここにはあなた以外いないと聞こえたんですけど」

「だから、そう言った」

「いやいやいや、ちょっと待って下さい」