私はこの人の真剣な表情が苦手だ。
ふざけて言ってくれればこっちだって気楽に返事ができるのに、そんな真面目に話されると、ちゃんと耳を傾けなければいけない気がして。
「嫌です」
「頼む。この通りだ」
と、彼が両手をついて頭を下げ始めたものだから、流石にその様子を凝視して固まってしまった。
土下座。土下座だ。
最近までやっていたドラマで上司に土下座をさせるシーンがあったけれど、まさか現実に自分がされるとは思わなかった。
「ちょっと……やめて下さい、顔上げて下さいよ」
「上げたら俺と暮らしてくれるのか?」
「それは嫌ですけど」
何でそこまでして私と住みたいんだ。本当に意味が分からない。
ため息一つ。肩を竦め、私は彼の頭上から語り掛ける。
「鈴木さんは、どうしてそんなに私と暮らしたいんですか。母に頼まれたからですか?」
少年というにまだ相応しい年齢の男の子に、土下座をさせるほど使命感のある母の頼み。一体二人がどういった類の「知り合い」なのか、ますます謎が深まるばかりだ。
彼は僅かに顔を浮かせると、口を開く。
「冷蔵庫の中のもの、俺じゃ使い切れないんだ」
「……は?」