彼はそう言って、私を案じていたという。


「何だか、本当にお兄ちゃんみたいって思ったわ」


 ――ああ、もう。
 いつも不意打ちで、しかも剛速球で優しさを寄越してくるの、もっとどうにかなりませんか。

 きっと本人は素知らぬ顔で、私を粗雑に扱っているふりをするんだろうけど。


「おい、ハナコ! そろそろ行くぞ!」


 むず痒い気持ちになっていたところへ、鼓膜を破らんばかりの怒声が飛んでくる。
 どかどかとこちらへ大股で近寄ってきた彼は、私の頭を強引に下げさせた。


「伊集院さん、お世話になりました。色々ご迷惑をお掛けして、すみません」


 言い終わるや否や解放された頭を摩り、私は彼を睨みつける。


「ちょっと。痛いんですけど」

「ああ? もう父さんが車つけて待ってんだよ。行くぞ」


 本当に彼は、私に対して遠慮がなくなった。
 胡散臭い笑顔も、気持ち悪いジョークも、どうやら全部清算したらしい。


「それじゃあ伊集院さん、私たち行きます。ありが……どうして笑ってるんですか?」


 先程から小刻みに肩を揺らしている彼女に、訝しみながら問う。
 ううん、と首を振った彼女は、目を細めて言った。


「もうすっかり『兄妹』なのね」


 しみじみと告げられたそれに、むず痒さが再来する。

 隣人への挨拶も済ませた私たちは、奇妙な同居生活の舞台となったマンションを後にした。