「本当に、お世話になりました。短い間でしたが……」


 菓子折りを手渡しながら、ぺこりと頭を下げる。
 何言ってるの、と手を振った伊集院さんは、鷹揚に微笑んだ。


「気にしなくていいのよ、そんなの。……でも、ほんとに良かった。家族揃って暮らすんですってね」

「はい……」


 九月下旬。両親がアメリカから帰ってきた。
 それに伴い引っ越しをすることになり、今日はこのマンションから立ち去ることになっている。最後の挨拶にと、隣の伊集院さんの元を訪れたのだ。


「ハナちゃんが一人になった時、心配だったけど……ちゃんと仲直りできたみたいで安心したわ。一太くんはハナちゃんのこと、すっごく大事にしてたものね」

「そ、そうですかね」


 肯定するのも謙遜するのも違う気がして、答えに困る。へどもどと応答した私に、彼女は「そうよ」と主張した。


「一太くんが一度出て行っちゃったことあったでしょう。あの時ね、一太くんがうちに来たの」

「え?」


 それは初耳だ。意図せず前のめりになった私に、彼女が内緒話をするように打ち明けた。


『あいつ、いっつも腹出して寝るんです。だから、寝る前はクーラーちゃんと温度調節して、風邪引かないように……それと、ちゃんと飯食ってるか、毎日確認してやってくれませんか』