説明しよう。俺はこの時、物凄く動揺していた。
 実物の「妹」を前に、この先本当にうまくやっていけるのか、半年間様々な事情を隠し通すことができるのか。そんな不安が脳内を支配して、焦燥感に駆られていたのだ。

 女の子の扱い方を学ぼうと先日から読んでいた少女漫画を思い出し、その中のセリフが咄嗟に口から出てきてしまったのである。


「すみません部屋間違えました」

「待て待て待て、待てって」


 ここで逃げられては二人に合わせる顔がない。
 くるりと背を向けた彼女のパーカーの裾を反射的に掴んで、俺は必死に引き留めた。


「何するんですか! 警察呼びますよ!」

「出会って数秒で人を不審者扱いするな!」


 目に見えて不機嫌そうな彼女の売り言葉に、買い言葉で応戦してしまう。

 この後、彼女が俺と暮らしたくないと駄々を捏ねたり、俺が空腹で死にかけたり、紆余曲折の末、二人での暮らしが始まるわけだったが――「兄」とはどうあるべきか。それだけが永遠に分からなかった。

 本来の自分とは違う「鈴木一太」を彼女の前で演じてしまったのは、無意識的な自衛だったのか否か。一枚壁を隔てることで、彼女には何もバレることはないと見くびっていたのかもしれない。


「知りたいんです。先輩のこと、もっとちゃんと」