父との時間は、本当に有意義で楽しかった。
車に乗って動物園に行かなくたって、公園でキャッチボールをしなくたって。父から聞く話はいつだって未知との遭遇だったのだ。俺はそれで十分だった。
俺と二人で暮らし始めてから、父の負担が増えたのは明白だった。そんな父に、ちゃんと幸せになって欲しいと、ずっと願っていたのだ。
「初めまして。山田志乃です」
それから程なくして、父の再婚相手だという女性に会うことになった。
きっちり結われた黒髪が聡明な印象を与える。彼女一人で現れたことに、俺は首を傾げた。
「……あの、娘さん、いるんですよね?」
遠慮がちに問うと、父と彼女が顔を見合わせ、お互い困り顔である。ますます首を曲げた俺に、彼女が言った。
「実は……うちの子、きょうだいは欲しくないって言っていて……」
お兄ちゃんができるわよ、良かったね、といった具合に、話を進めたかったのが本心だったのだろう。
はっきり「いらない」と首を振られ、再婚のことも伝えられずにいるらしい。
「ごめんなさいね。せっかく一太くんがいいって言ってくれたのに……あの子にはもう少し時間を置いてからまた話そうと思って、今日は私だけ来たの」