無効だ、そんなもの。もう先輩は帰ってこないし、同居生活は終わり。今日からは私一人で過ごさなければならない。
 でも、それより何より、先輩との最後の会話があんな内容だったのがやるせなかった。

 本棚に整然と詰め込まれた背表紙を一つひとつ、目で辿っていく。彼が優秀なのは知っていたけれど、こうして見てみると一層それが浮き彫りになった。
 小説というよりかは学術書や専門書が多く、それも英語で著された本が目立つ。

 デスクの上には使い込まれた地図帳が、開きっぱなしの状態で鎮座していた。


「マンハッタン……」


 ページはちょうど、アメリカのニューヨーク市のところだ。ぐるぐると赤ペンで印をつけられているのは、マンハッタン。母が今いるはずの地区だった。

 彼が英語に熱心なのと、何か関係があるのだろうか。考えても最適解は出ない。

 ふと視線を逸らした先に、一つの箱を見つける。
 本棚のすぐそば。蓋をして隠すようにしまわれたそれに、自然と手が伸びた。

 本を入れるにしては縦横の幅が大きすぎる。持ち上げてみても中で何かが擦れる音はすれど、重さはほとんどなかった。


「え、これ……」