マンションの前まで辿り着いたところで、タカナシ先輩に頭を下げる。
 うん、も何も言わない彼。背の向け方に困った。


「山田さん」

「はい」


 タカナシ先輩は既に普段のポーカーフェイスに戻っていたけれど、どことなく硬い雰囲気だ。その唇が動くのを、空っぽの頭で見守る。


「今は、お互い距離を置いた方がいいと思う」

「……え?」

「一太のことはしばらく、そっとしておいて欲しい」


 彼から放たれた言葉があまりにも予想外で、ろくに返事もできなかった。
 立ち尽くす私に、タカナシ先輩は目を伏せて「じゃあ」と踵を返す。


「待って……下さい。鈴木先輩に何か言われたんですか? どうしてそんなこと……」


 自分の声は酷く覚束ない。
 みっともなく追い縋ると、彼は立ち止まり、静かに拒絶した。


「……ごめん。俺からは、何も言えない」


 それが本当に最後だった。歩き出した彼は、私の追及から逃れたいようにも見えてしまう。

 湿った風が肌を撫で、ようやく私もマンションへ向かった。

 恐々と玄関ドアを開けたものの、彼はもう自室に閉じこもっていた。きっと今夜は出てこないだろう。諦めて私も寝ることにする。

 明日の朝、どんな顔して会えばいいんだろう――そんな悩みは、杞憂に終わった。

 翌日、鈴木先輩は忽然と姿を消してしまったのだ。