そう紡いだ薄い唇が、自嘲気味に弧を描く。

 どういう、こと。
 途端に心臓の奥がひやりと冷たくなった。


『早くしろ、華』


 そうだ、名前。彼は私の名前を知っていた。
 以前、私たちはどこかで会ったことがあるんだろうか。私が忘れてしまっているだけで、何か大切な――


「……というのは冗談で、」

「はっ?」

「俺は鈴木(すずき)一太(いちた)だ。よろしく、ハナコ」

「え、待っ……『ハナコ』?」


 というか冗談って。あり得ない、こんなに不安になったのに。


「何ですかそれ! 私ほんとに大事なこと忘れちゃったのかと思って……!」

「んな興奮するなって。ほらハナコ、お座り」

「犬扱いやめて下さい!」


 腹立たしいことこの上ない。一瞬でも騙されたのが馬鹿らしいではないか。

 怒った。もう怒った。絶っ対に、何が何でも帰ってもらう。


「今から十秒以内に帰って下さい。十、九、」

「随分唐突だな。はー、うまかった」

「五、四、三、二、一。……通報します」