言うだけ言ってカツ丼に夢中になっていた彼に、私は挙手まで行って意見発表を始める。


「そもそも、男女が二人で暮らすっておかしいと思いませんか。夫婦や恋人ならともかく、私たち赤の他人なんですよ」


 一体何をそこまで躍起になっているのかは知らないけれど、彼は執拗に私を連れ戻そうとする。
 いくら母の知り合いとはいえ、私と彼は初対面だ。女の子同士なら頷ける。でも彼は男の子で、私たちは他人。

 個人的に、第一印象最悪な男の人と二人で生活するなんて、絶対に嫌だ。
 ガキに興味はない、なんて抜かしていたものの、何をされるか分かったもんじゃない。


「赤の他人?」


 顔を上げ、彼が片眉をつり上げた。


「そうですよ。あなただってよく知らない人と二人で暮らすなんて、不安じゃないんですか」


 そこまで言ってから、彼の名前を今の今まで知らずに過ごしていたことに気が付く。
 神妙な顔で黙り込む彼に、私は訝しみながらも問いかけた。


「あの、名前教えてもらってもいいです?」


 彼は私の質問には答えず、静かに箸を置いた。

 また、真剣な顔。真っ直ぐ私を射抜く瞳が、少しだけ揺れている。


「……覚えてないか?」

「え?」

「俺のこと、覚えてないんだな」