どうしよう、近付いてきてる。
 学校でこれ以上注目を浴びたくないというのは勿論、あんな狂った人と親密だと思われるのが嫌だ。もう今更かもしれないけれど。


「ハナコって、華のことじゃないの?」

「犬の名前だと思う。ハナコっていう、柴犬」

「柴犬」


 焦りからか、犬種まで限定してしまった。違う、そんなことを言っている場合じゃない。


「ハナコ、ここか!?」


 がた、と荒々しい音を立てて、教室のドアが揺れる。
 自分の机の下にしゃがみ込んだ私を見下ろして、チョコが首を傾げた。


「何してるの?」

「避難訓練」

「意識高いのね」


 こんなことをしている時点で、クラスメートには奇異の目で見られるかもしれない。いや、もう見られている、多分。

 ドアのところにあった彼の長い足は、教室に踏み入ることを決定したようだった。
 窓側の前方、私とチョコがいる方へ近付いてくる。それも、かなり迷いがない。


「ああ、グラニュー糖。ハナコを見なかったか」

「佐藤です」


 どんな覚え方だ、それは。
 普段先輩に沸いているチョコですら、至極冷静に自身の名前を訂正する始末だ。


「華なら、この下で避難訓練してますよ」

「そうか。ありがとう」