駅から
1本裏道の旧東海道に入ると
東海道五十三次でも
一大霊場として賑わいを見せた
街道がのびている。

その街道には、今
当時の活気を彷彿とさせる
多数の露店が
所狭しと軒を並べていた。

晴れる予感の、元旦の早朝。

日が登り切る前にも関わらず、
露店はすでに開店をしながら
準備をしている。

レンは、カスガの両親に
教えてもらった通りに
この日参ると、
亡くなった人と瓜二つに
似た人に会えるという
地蔵堂の大祭へと
参道を 白い息を伴って歩く。

「 露店が並んでなかったら、
さすがに、この距離は
迷って歩いたかもしれないな。」

レンはそうして
すっとした黒のコート立ち姿を
年初めての冴えざえとした
空気に 晒しながら
呟くのだ。

200越える露店は、
広々とした畑を開いた住宅道を
多種多様に並んで、
駅の参道から延々と続く。

「 これは、、なんだか、懐かしい
風景だな。見間違えそうだ。」

レンは、
生まれ育った近江での祭を
思い出して、つい 懐かしい姿を
りんご飴や、綿菓子が
並ぶ露店の中に 探してしまう
自分に苦笑した。

参道を行けば、提灯が付けられた
木製の仮門が見えて、
開帳された地蔵堂が見える。

「 盆や彼岸じゃなく、正月に
大祭があるのは 珍しいな。」

言いながらも、
レンはふと
年末に参った祖父の墓を
思いだす。

そういえば、正月と盆に
あの世の門が開くから、
祖父の墓がある霊園では
年末から正月に
松飾りを墓参りに指すと、
亡くなった母親に聞いたのを
思い出した。

「おかしな話だよな。
生きてる時には、1つも思い出
さない相手だったのに。」

どこかで、、
母親を憎むまでなくても、
あの勘の良さを
疎んじていたからかもしれない。

季節はずれの大雪の中、
寂しく消えた 孤独な母親は、
最後は何を思っていた
だろう。

レンの胸を刺すように、
一陣の風が吹き上げて、
仮門の提灯を ガタガタと
震えさせた。

寺院の秘像は普段は
秘されているが
大祭は御開帳され、その姿を
見ることができると、
カスガの父親が教えてくれた。

レンは、
榊と線香を求めて、
本殿に供える。

赤い毛氈が段々に曳かれた
高台と、両側に出された
回転燭台には、すでに
たくさんのロウソクの炎が
揺らめいていた。

母親の菩提に
ロウソクを上げてもらう為、

レンは母親の命日を
メモに書いて係りのおじさんに

「3月◯日の御先祖に
オロウ一丁!」

と叫びつつ、メモを渡す。
すれば本尊前の
回転燭台の前に控える
係のおばさんが
同じく 渡るメモから
母親の命日と一緒に

「オロウ一丁!」

と叫んでロウソクに火を灯して
くれるのだった。

一灯を供える。

地蔵菩薩はあの世とこの世を
架け橋てくれる光。

レンは ゆっくりと合掌する。

その利益が
参詣の人ごみの中に
亡き人によく似た人と会わせて
くれるというが、

レンが見回してみても、
母親に似た人物は
境内には見えない。

「 今さら会っても、叱られるだけ
だろうな。恨まれてるだろし。」

レンは、そのまま本拝を終えて

横にある赤い『オビンズルさま』の頭をなでる 人を見たり、
飾られる
地蔵菩薩や地獄極楽の掛軸絵図を
眺め見たりしながら

そりゃそうだとか思い、
残念な気持ちと、
どこか安堵する自分を
無視して
駅に戻る事にした。

露店が並ぶ参道は、
少しずつ人が増え始めていて、
地蔵堂からはかなり
歩いた所。

レンは人混みの中
珍しくベレー帽を被る
老成した男性が道を
見回して
何かを探しているのに
気が付いて、内心驚いた。

「大丈夫ですか?手伝いますよ」

レンは
探し回る男性の後ろ姿に
声をかける。

「 いやぇー、大ーしたモンじゃ
ないですよ、
ただの、封筒の手紙なんで。」

杖を手に、屈んで露店の足下を
覗く様子のままに
男性は レンに 答えて、
立ち上がる。

思うより長身の体が
クルリとレンに向くと、
ベレー帽を片手で直して
レンに 申し訳なさそうに笑った。

「 一緒に探しますよ。封筒?
なるほど、この辺りでですか」

いざ、何かを探そうものなら、
この道は幅が広い。

レンはそう手伝いを買って
周りを見回しながら、
老人を盗み見る。
何故なら、

祖父さま、と、きたか。

紛れもなく、
年末に参った墓に眠っている
祖父と 瓜二つの姿を
老人はしていたのだ。

「 また、書けばえーモノ
なのですがねー。なかなか。」

老人は レンの1つ向こうの露店に
歩み寄って 屈む。

と、老人と反対側の露店台の
横に 風になびいて、お札みたいに
張り付くような 白いモノが
ちらりと 見えた
レンは、

それを手に取ると、
屈んでいるベレー帽の前に
差し出して見せる。

「これでしょうか?」

「あぁー、これさ、これだよ。
良かった。あんな所
通ったっけ?ありがとうだよ。」

ベレー帽を直して
老人は、白い封筒を両手に
レンに礼を言う。

「本当にありがとうよ。お兄さん
ちょっと礼をさせてくれるか?」

見つけた場所から、
老人に連れられ
まっすぐ駅に戻る参道沿いに
戻ると、
小さな豆腐屋カフェが、
テントを出している。

「ここ、ここ。お兄さん、豆腐
大丈夫かいー?お礼さ、どうぞ」

老人は 常連なのか、
テントでエプロンを掛けた
娘さんに
「2つおくれよ。」
と声をかけて、スチロール椀を
受け取っている。

「あの、お気遣いなく。すぐに
見つかりましたしね。」

レンが遠慮するのも気にせず
祖父に似た老人は、
スチロール椀を テントの横に
出している椅子とテーブルの
席に置いてしまった。

こんな、ところも 祖父さまと
似ているなと、つい思ったのも
あって
レンは諦めて、
横に座った。

スチロール椀には
くず粉と豆乳を ゆっくり温めた
カスタードクリームのような
モノが入っている。

レンが 掬って口に入れると、
豆腐の柔らかい甘みが
トロッと広がって、
喉に消えた。

それは、
元旦の寒い朝に 食べるには
余りにも 甘美で。

「なかなか、乙な味でしてね。」

な?と、祖父に似た横顔から
彼はレンに笑いかける。

これは、、
祖父さまっ子の
彼女が見たら、狂喜乱舞だな。

「ここの店もねぇー、明治から
ある店なんですよ。あれぇ。」

どうかしましたか?
と、彼はレンの表情に
気を止めた。

「いえ懐かしいなと思いまして」

レンが静かに伝えると、

「 お地蔵さん行かれましか?
もしかして、似てる方が?
わたしに?はは、それは、」

何やら不思議に嬉しいですな。

やっぱり祖父に似た顔で
そう 笑われると、
レンも 不思議な気持ちになる。

「わたしは他所からきましたが、
この辺りが地元の
妻からは 母親に会えたとか、
聞いた事ありますよ。」

大山周辺の住民には
馴染みの話ですからねぇーと
口にして、
祖父に似た老人は、

急に口を継ぐみ、
さっき見つけた封筒を、
上着の懐から 出して見ている。

「その、封筒。奥様にですか?」

思えば、封筒には
宛名や住所はなかったと
レンは
見つけた時に なんとなく
見ている。

話の流れと、彼の様子から
きっと、ここが地元だという
妻君への何かしらなのだろう。

レンは、特に気負いもせず
隣に座って、封筒を握る
やはりよく祖父に似た
老人に 問いかけた。

けれど、
その後に、彼が言った言葉は
その後のレンに
波紋を残す 言葉となる。

祖父に似たその老人は
言った。

「これですが、、
わたしを 忘れてしまった
妻に、
わたしが、死んだ後、
届ける
最後の 手紙。
、、、 死者の手紙です。」