「あのねぇ、沈んだ島の跡を~
撮りたいってぇ、話さぁ。
前向きに検討~するねん。」

えっとねぇ、本当はぁ
展示会とかぁ本の締め切りを
考えるとね~すぐに何とかして
あげたいんだけどねぇ~、と

ハジメは珍しく
歯切れが悪い言葉を
カメラマンに

出し抜けにフワリと言葉掛ける。

それこそねぇ、開発されたさぁ
蒼い顔料を手に入れるのとは~
訳がちがうんだよねん。


年始の
切れるような風に
バタバタと煽られた大漁旗。

極彩飾の吹き流し。

万国旗の華やかさが 飾られた船。

ホーエーヤ ♪
♪ ホーライ~エンヤ
ヨイヤサノサッサ ♪
♪ ヨイヨイヨイトセ♪

カメラマンのレンズが捕らえ、

ホーランエンヤ祭は、

年貢米を運ぶ 回槽船を準えて
安全航海と豊漁を祈願する
船渡の神事だ。

~ ホーエーヤ ♪
♪ ホーライ~エンヤ
ヨイヤサノサッサ ♪
♪ ヨイヨイヨイトセ♪

島根、大分、広島といった
西の各地域で行われ、
島根で10年に1度行われる
ホーランエンヤは
国内3大船神事の1つとされる。

カメラマンが
大脚立に乗り上げて、仕切りに
連写シャッター音を
マシンガン凄まじく

掻き鳴らせば

2メーターにもなる足元の台は、
立ち上がると
人の頭を黒い海に変えて眼下に
拡げてくれる。

隣で、
同じように大脚立を跨ぐ
ハジメは、
カメラマンの姿に戦慄していた。

艶光る黒いコールタールの海に
立ち上がる

熊みたいな筋肉質な体躯が
まるで狩りの男神だ。

「ペーハってぇ、普段と撮影の
雰囲気が全然違うよねぇ。」

草食が肉食になってさぁ、
レンズで、喰われそうだよん。

ハジメは、
どうせ返事なんかないのを
知っていてカメラマンに
話掛ける。

アーティストの環境を整えてきた
中世のパトロン達は、
自身が客人でありながら
その財力とサロン運営で培う
人脈から情報を集め

アーティストの閃きを自分流に
多大に開発した存在だ。

その働きは
画商達に引き継がれて、
パトロン自身がアーティストの
客人だったのを、

アートの世界を細分化して
アーティストと客を分けて
取り持つようになった。

そして今日のアーティストは
すでに歴史の芸術家達とは
全く異なる人種へと
変化している。

ハジメは そう改めて感じている。


ホーエーヤ ♪
♪ ホーライ~エンヤ
ヨイヤサノサッサ ♪
♪ ヨイヨイヨイトセ♪

祭の熱が最高になりながら
彩やかな宝来の船が
近くにくると

ドヤドヤと裸体に真っ白な
締め込みをした若者達が
乗り入んでいるのが
見える。

「それでさぁ、どれぐらいが~
タイムリミットかなぁ。当ては
あるんだよん。たださぁ、
ちょっと前までさぁ、そこも
面倒な客人の対応でねヘトヘト
かなぁってさぁ、思ってねん」

企業のねぇ、研究所のDirが
いるからぁ、彼に言う前に
彼についてる、Assocくんを
落とさないとねぇ。

バシャバシャと一心不乱な
シャッター音が返信だと
ハジメは話続ける。

アーティスト自身が世界中に
移動できる交通網。

移動せずとも体験も
情報も覗けるデジタルライフ。

この瞬間から
世界中にプレゼンを行い
募る事が可能な資金調達の手段。

とうとう、
アーティスト自身が
ギャラリストも兼ねる事が
出来る。

そして、中今 世界は
アーティストを取り巻く社会は
また変革の時を迎えている。

船から
紅白の餅が
バアッーとまかれた!!

そうすれば
ワァンワァンーと岸から溢れん
観客達が、
白色封筒にいれた祝儀を
川の船に
我先に出される。

「アハア~凄いねぇ、ペーハ!」

ハジメは さっきまでの話を
横に放り出して

バシャアンバシャアンと
次々に締め込みの若者達が
白い息を湯気みたいに吐きながら厳寒の川に 鮮やかに
飛び込む様に
色めいた。

~ ホーエーヤ ♪
♪ ホーライ~エンヤ
ヨイヤサノサッサ ♪
♪ ヨイヨイヨイトセ♪

無数に川べりから差し出される
祝儀を
泳いで、彼らは受け取りに行く。
若々しく繰り返され、
みずみずしく泳ぎきり、
イザキイイ息吹きが戻り

この光景が
新しい 年への光を見出だすように
ハジメには
感じられて、幸福を感じた。

「新年だぁって~感じだねぇ」

海の巡礼が始まるって
思う神事だよねぇ

ハジメは、

渡された多数の祝儀封筒を
岸に寄せられてくる
宝来船の備え付けられた
箱にどんどん
集められる様子を

鳴り止まない雨の様な
シャッター音を空気振動と
合わせて聞きながら

ワクワクと見ている。

まさに、宝船になっていく船。

♪ ホーライ~エンヤ♪の
ホーライ♪は、蓬莱。

仙人が住む蓬萊山は海の中にある
とも言われる。


「ハジメさんと、、年末年始、
過ごすとは、、意外ですよ。」

カメラマンが、
覗いていたファインダーから
瞳をはずすと、
いつもの草食男子な雰囲気が
流れた。

シャッター放射は一段落
したらしい。

このアーティストは
どちらが 彼 なのだろうか?
珠にハジメでも
混乱をする相手だ。

「そうだよねん。いつもならぁ、
ヨミくんのホテルでぇ年越して
新年のぉ、イベントを楽しんで
いるからねぇ~。ペーハといる」

なんて不思議な気分だぁ~。

大脚立の上で、
ハジメは、カメラマンに
笑う。

隣の大脚立の上から、
カメラマンは 目を皿にして
驚くのが 何故か解らないままに。

子供の頃から、転々と
ホテル住まいを
してきた
『ホテルに住まう貴公子』
ハジメには
年末年始に帰るべき実家や
家族はいない。

その時期に常宿としていた
ホテルも 無くなった時から、
ギャラリースタッフである
ヨミの実家ホテルを

この季節の常宿にしていた。

カメラマンは何となく、
そんなハジメの身の上を知りえる
アーティストの1人でも
あるから、

「すいません。、、せっかくの
大切な、プライベートを、、」

済まなそうに、大きな背中を
丸めてカメラを持つ手を
膝に下げた。

「やだなぁ、ペーハ。何何~、
もともと1人でさぁ、ホテルで
イベントに出る新年だよん。」

ペーハといるのはぁ、ちょうど
独り者にはぁ、いい理由だと、
ハジメは両手をブンブンと
振りながら
カメラマンを宥める。

それでもと、カメラマンは

「人は、、帰る時には、、帰る港
に戻る、べきです、ハジメさん」

俯いてから、
カメラレンズにフタを締めた。
どうやら、
シャッター狙撃は
休憩のようだ。

その証拠に、
脚立に引っ掻けたボストンから、
缶のコーヒーを2つ取り出して
1つをハジメに
投げた。

「えぇ!?!よくさぁ、そんな
事言えるよねん?!
ペーハなんか1年中、国内~
飛び回ってるくせにさぁ~。」

そんなんじゃあぁ、デートだって
出来ないよねぇ?
それにぃ、誰がペーハの恋愛
相談にさぁ、アドバイスしてる
と思ってるんだよん!!

ハジメは、
缶のコーヒーを空けて、
カメラマンに非難する。

「そうで、す、けど。、、
だから、、帰れる、所が、」

欲しい、です。

ホーエーヤ ♪
♪ ホーライ~エンヤ
ヨイヤサノサッサ ♪
♪ ヨイヨイヨイトセ♪

カメラマンが こう言って
別の小型カメラをレンズオンする

「ハジメさん、海の、
巡礼道って、、、
母親の胎内、、母なる海の、
胎道を、行く、、んです、」

だから、、昔も、出航は、、
困難ゆえ 死での決意。

でも、、どこまでも 母なる海を
渡って、、母なる港へ戻る。

「オレ達は、、神事で、渡る
船です。心の世界を、、晒して
人の感情を、、揺さぶって、、
世界に波紋を、、投げる、船」

人の世界に波紋を投げる船
だから、、
帰る港は、人の港が、、いいです

カメラマンは、
大脚立の上から、今度は
眼下の人波を レンズで
救い上げていく。

「それがぁ、彼女ぉなんだぁ」

ハジメは、呆然と
その熊のような背中を
見つめてから、
眼下の 黒いコールタールの
人海に視線を移す。

「ハジメさんは、、ハジメさんの
灯台に、、ありますよ。きっと」

ゆっくり カメラの照射口が
持ち上げられる。

「ペーハて、何が、
見えるているのかなぁ~」

君が覗くその窓から
ボクは、どんな風に見えている?

ハジメの笑う顔を
カメラマンはカメラ越しに
覗きながら

「フォトグラファーの、、
ギャラリスト、、です、ね。」

沈む島地を背景に
笑う子供が 映るファインダーを
構えたまま、
カメラマンは ハジメに告げる。

そろそろ、祭が終わる、頃だ。

このギャラリストの、、
長い長い、母なる海の航海は、
まだ、、終わらないの、だろう。

カメラマンは脚立ごと
黒い人海に沈む
ギャラリストに そう 予想した。