ハイハ~イぃ。
結局ぅ、ペーハの車、
イエローブラックの
ジープ型のミニデザインの奴でぇ
行くことにしたよん。

「 あれだねぇ、
国産軽オフロードの
四輪駆動車だから機動性が
良さそうってのがペーハっの
ワークに合うんだねぇ。」

助手席に身を沈めて
ハジメが、タブレットから
カメラマンの写真を
めくっている。

タブレット写真は既に
編集が成された
モノトーン写真で、
所々スポットで、
撮影色が 残されている。



伊勢湾、若狭湾、五島列島にも
一夜で沈んだ島の伝説は残る。

「わぁ、やっぱりぃ 良いなぁ
ペーハの写真ってぇ、
モノトーンの強いコントラスト
が、ノスタルジックでぇ、」

ハジメの指先に、
沢山の湯気が 無数筋になって
昇り
朝の光を逆光に
黒金のように艶めいた
湯町が現れた。

コントラストな差し色に
残されたスポットカラーが
向こうに 人の営みを
強く感じさせる。

「 これがぁ、日本文化景観に
なった風景かぁ。映画っぽい」

桜島、霧島、阿蘇、島原
鶴見岳・伽藍岳といった
活火山が連なり囲む
湾の最奥の淵には、
湧出量日本一の温泉地。

ハジメ達が今日、
チェックインする宿もそこだ。

「この漁師さん達は~、シラス?
それとも カレイ?採る人達ぃ?
あ、海苔もあるんだねぇ、」

昔は、かんたん湾=『菡萏湾』
泥に咲く蓮の花の湾
とも呼ばれていた湾。

干潟から高低差のある海底、
天然ガスを含んだ
熱水地域と多種な水質。

時代によっては
帆船で海底の泥を掻く
ドロコギ漁なども行われた。

今度は
ハジメの指先に
夕焼けのオレンジから
パープルグラデーションな海に
海苔畑のシルエットが
美しい 光景が
現れたのだ。

「ふぉ~。こんなぁ光景がぁ?」

つい、ハジメは グラデーションと
シルエットのバランスに、
感嘆の声をあげる。

そして火山連に囲まれた
湯けむりの湾を走る船は、
海というより、温湖で漁をする
様にみえる
写真。

「この地域の、、人はもう
コップが落る程度って、、言う
小さい、揺れは日常なんです。
活火山活動の揺れか、、地殻地震
か、、わからない頻発地震で、」

カメラマンは、
ハンドルを握りながら
タブレットをめくるハジメに
静かに、取材をしてきた事を
語っていく。

「だから、、大抵、湾に住む
子供達は、昔に、、湾の島が
地震と津波で、、海に沈んだ
昔ばなしを、、聞いてるんです」



関ヶ原の戦いの4年前
戦国時代に
一夜にして沈んだ
島の伝説は、
日本のアトランティスと呼ばれる

「都市伝説?に、なってて
地元の、、若い漁師が素潜り
したら、海の中に、神社の階段が
あるとか、飲んで、 話たりで」

およそ5000人が住む
山や丘は無いが、
海岸線に松林が並ぶ
海の青と松緑が美しい島は、

神話の時代には、
東上の舟出港を持ち、

キリシタン大名が統括。

船屋が約1000軒の
全国の船が出入り
する
漁業基地であり、
日本有数の国際港都市として
南蛮交易や太閤の徴収税船も
迎えている。

かのザビエルも寄港し、
鉄砲伝来からわずか数年で、
世界の窓口となった
砂州で陸とつながった島。

ハジメの
指先には、
太陽のシンボルマークを
胴体に描いた
大型客船が、
無数のテープをたなびかせ
手を振る人並に
囲まれる姿が出てきた。

今は
湾には島が1つもないが、
当時は数々の島々が
存在し、渡し舟で
島伝いに内陸部を繋ぐ海道の
国内交通要所でもあった。

「 たしかぁ~、地元の伝承とか
古地図とか?見た事あるよん。
ボク達ギャラリストでもぉ、
骨董とかでぇ、民間の瓦版とか
出るからねぇ。でも、
公式記録がないからから、
都市伝説として扱われた島だ」

ハジメは、タブレットに映る
寺らしき場所と仏像を
拝む住職の姿を認めて、
カメラマンに、問いかけの
タブレットを 見せる。

「あ、それは、沈んだ寺の、、
末裔みたいな、、和尚さまで。
何でも、、夢枕のお告げで、、
本尊とか、名号の流され場所
が、わかったお蔭で、、再興、
できた、そうです。流れ着いた
モノを、、伝えている寺ですね」

へぇ~、物証があるんだねん。
と、驚きだなぁと、

ハジメはまた
タブレットをめくる。
フロイトも
イエズス会通信に当時の模様を
取材記事にしていたなと、
思い出しながら。


およそ400年前、

湾南東部を震源に
マグニチュード7.0とされる
地震が発生。

当時、
島の神社の蛭子の顔に赤色を
塗るという不敬を
ある島医者が働いた。
その後から
地震が多発し、島人は
古から言われた祟りと恐れて、
島から出て行きはじめる。

午後2時頃に
由布山、鶴見岳が噴火。
高崎山が山崩れ。
空が赤く染まり噴火石が島に
降ってくる。

「島が沈む」と白馬の老人が
触れ廻っていると話が流れ
島人が一斉に砂州伝いや、
小船で逃げまどう
午後6時頃、
再び激しい揺れが起きた。

一瞬の間の
海に 静寂が落ちたという。

海水が
海底が顔を出すほど
遠くへと引いた。
次に
激しい轟となり
山の様な津波が押し寄せ

美しい島はなくなった。

助かった者は7分の1。
あまりにもその災禍が
激しく、その記憶は
人々に沈んだ島の伝説を
生みだすのである。

カメラマンは、
雪が残るハイウェイを
軽快にハンドルを操り、
アクセルを踏む。

「島ではなくて、、半島説とか、
村とする説に、、河口による
堆積土砂の島説、、
地震の液状化と津波、、
海水浸食で消失した説、、
いろいろ 研究されきた、のが」

つぎ、、めくって、くださいと、
カメラマンが
ハジメに促すと、
小型潜水艦を とりまく
人々のシーンが出てくる。

「平成から、、地熱の開発にと
新しい、、機材で国家事業で、
調査が、、されてるんです。」

どうやら、
平成初めは、海洋エネルギーの
開発目的だったのが、
その後に何度か
国内に起こった地震災害の
メカニズム分析と
メガ地震の予想調査として、

航空写真と人工衛星をAI解析し、
重力調査と、電磁気探査、
エアーガン調査に
ボーリングで地下掘削、
放射性物質測定が成され
主要調査には、
リモート潜水艦の
活用がされたという。

「そしたら、、湾の海底は
、、一面の砂原だった、、ん
ですよ、、
海の美しい 砂漠だったって、」

天然ガスの気泡が
昇る水の底に、
石の柱が、、並んで 立ってるって
言うんです、、

それを、撮りたい。

カメラマンは、
まっすぐフロントガラスの
ハイウェイ景色を
見据えて
ハジメに、ハッキリと言い切る。

「撮りぃ、たいぃ~、、って」

どうやって?とは
ハジメは聞けないまま、
助手席から
カメラマンを
弱冠顔面を蒼白にしつつ
見つめるのを、

カメラマンは 解ってか
解ってないのか
ハジメに話を続ける。


「その、調査では、、
この土地が、、地盤の沈下と
火山の噴出が未だに、、
同時進行を、、している
地溝帯だと、わかったんです、」

加えて、
湾の地下には泥炭層がみられ、
天然ガスを含んだ熱水がある。

島の大沈没。

これを
引き起こしたのは、
島の地盤が堆積砂質の上
多量のガスを内包していた事
により、
直下型地震で 地盤が液状化。

島の輪郭がにじみ
地割れや断層崩壊を起こしたと
推測されたのだ。

「 いやぁ、それでもさぁ
地盤沈下って~どんなに
酷くってもぉ、せいぜい
10~20メーターだって言うよ、
島が1つも~消えるなんて
ちょっと考えられないよねん」

ハジメは、
タブレットを胸に抱えたまま
カメラマンの話に
つっこむ。

「 それは、、ここの湾の海底は
昔から深いって、、それだから
島なんかないって、、話だった
んですが、、とにかく、、
海底に、70メーター越えの崖
が、、、見つかったんです。」

仮説として
極めて島が海底崖の縁に
存在し、
地盤が緩くなった島が
地崩れを起こして
そのまま ズルッと

海底崖から滑り落ちたなら、、

砂州状な
島の残骸が残る光景になる。

それさえ満潮時
波に洗われ、水没したと
AIは弾き出した。

海中に残る並ぶ柱は
砂洲になってから
立てられたがその正体は
未だに解明されていない。
というのが、

日本のアトランティスと云われる
島の沈没した全姿だった。

だから、
今撮っている写真集の最後を
この海底砂漠と柱の
光景で絞めたいんです。

カメラマンは、
改めて、
フロントガラスに見えてきた
湾の姿を
示しながら

ハジメに、

「 おれに、
撮らせて、、くれません、か」

と 熊みたいな筋肉質な体で
穏和なのに 押しの強い
笑顔で
ねだった。