「あの、ここって何のお店なんですか?」

「暖簾に書いてあっただろ。ここは色屋、色を売る店だよ」

「色を売る店……?」


 当然のように言われたけど聞いたことのない店だ。色、色、色。色を売る──数秒その意味を考えてから私はハッとした。確か色を売るというのは春を売るとかと同じような意味で、体を売るという意味だ。つまり。


「……」

「何?」

「……その、あなたが、売るんですか?」

「こんな小さな店に俺以外に働き手なんていないからな」

「そ、そうですか」


 あやかしの間でもそういう店があるのか。しかも見た目だけで決めつけるならこのあやかしは男性。つまり男性が女性に、いやまさか男性が男性に。それともあやかしにはそういうくくりはないのだろうか。

 私はなんとなく視線を反らしつつ、チラリと少しだけ彼を盗み見る。年齢は二十代後半、いや三十代前半辺りだろうか。あやかしなら見た目の年齢はあてにならないかもしれないけど。

 見た目は目隠しのせいでハッキリとは分からないけど顔立ちは綺麗そうだし、黒く短い髪を後ろで一つに結っていてこのゴミと共生しているとは思えないほど清潔感がある。そして鎖骨の辺りが少し色っぽいような。いやもうそうだと思うとそういう感じで見えてきてしまう。やめよう。これ以上深掘りしても得はない。


「まさか人間が来るなんて思わなかったが、特に何の問題もないし今日から働いてくれるんだよな?」

「人間でもできる仕事なんですか?」


 まさか色を売る店のバイトだとは思わなかったけど。どう考えても私には力不足の職種だ。そもそもほとんど客が来ていないような店にアルバイトが必要なんだろうか。電話では急に人員が必要になったと言っていたけど。


「できるさ。というか、ぶっちゃけお前さんはなにもしなくていい」

「なにもしなくていいとは」

「そのままの意味だが」

「求人には雑務と」

「ああ、雑務。なにもしなくていいからただそこにいてくれっていう仕事。もちろんちゃんと給料は払う。ここに来ている間は自由に過ごしてくれて良いし、万が一客が来ても全て俺が対応する。どうだ?」

「どうと言われましても」


 つまり何もせず店にいるだけで時給が発生すると?正直美味しい。美味しすぎる。美味しすぎて絶対に怪しいし何か裏がある。というか店長が客が来る可能性を〝万が一〟と表現力するのはいかがなものなのか。疑うような視線を向けてしまったからか、店長は頭を掻きながら気まずそうに口を開いた。


「あ、もしかして怪しんでる?」

「いや、あの、はい……人間社会では〝うまい話には裏がある〟という非常に的を射た格言がありまして」


 正直今のところ怪しい仕事というイメージしかない。


「分かった。正直に言うと実はこの店の店主に次の視察までに従業員を増やしておけって言われたんだよな。店主には逆らえないからさ」


 つまりこのあやかしは雇われ店長ということだろうか。


「厄介なのは次の視察がいつなのか分からないこと。今日かもしれないし来週かもしれないし来月かもしれない」

「つまり店長さん的には本当はアルバイトは必要ないけど、店主さんの要望でいれなければならないと」

「そういうこと」


 店長側の理由だけを考えれば分かりやすいけど、店主側から考えると途端にその理由は分からなくなる。


「ですがお客さんが少ないならアルバイトをいれると余計に経営が悪化するのでは?借金するくらい経営難なんですよね」

「借金は心配ない。もう返したから。それに経営難ではないよ。そこはうまく回してる」


 つまり客単価がとんでもなく高いということだろうか。確かにそういう(・・・・)店は値段が高いイメージはあるけどそこまでなのか。


「あのアルバイト募集の紙、あやかしにしか見えないんだよ。だからお前さんをあやかしだと思って採用したんだが、まぁ仕事をしてもらう気はないから俺としてはあやかしだろうが人間だろうがどっちでもいい。資格経験不問。条件はこの店に辿り着けることの一点のみ」

「あの、あやかしにしか見えないのならどうして私に見えたんでしょう」

「それはお前さんが見鬼の才を持っているからだろ」


 そういえば確かにあの広告を見たのは〝猫〟に引っ掻かれた後だ。


「……え、もしかして無理?辞める?」

「……」


 悩む私の沈黙を肯定と受け取ったのか店長は慌てた様子で私に詰め寄った。


「アルバイト募集を出してもう一月経つんだが電話してきたのお前さんだけなんだよ!頼む!お前さんに辞められると困るんだ。何か不満があるなら言っていい!俺が生理的に無理か!?拘束時間が長いか!?給料もっとあげてほしいか!?」

「いや、それらの不満はないんですが」

「やめておけ早苗。常世で働くということはあやかしの客が来るということだ。人間のお前さんには危ない場所だ」


 体が乾いたからかずっと黙っていたヒヨコさんがようやく喋りだした。だけどすぐに店長がそれを否定した。