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「見事に真っ赤だな」
「しょうがないじゃないですか」
泣いて充血した目を見て店長が笑う。私は前に店長が泣いていたのを気づかないフリしてあげたというのに。
「あの猫は?」
「モモさんならまた来ると思いますよ。雪のことを話したら店長にお礼が言いたいって言ってましたから」
「じゃあ請求はそのときでいいか」
「請求?」
「雪への植色代だよ。雪童子には俺が個人的に支払うが、桜色の代金はあいつに請求するぞ。俺は客にしか植色をしないと決めているからな。高いから払えないって言われたら今回は特別に分割払いも認めてやる」
モモさんは店長に凄く感謝していたし、そもそも最初のときに色を買う宣言をしていたからきっと喜んで支払うだろうけど。まぁ店長のことだから高いとか言いながらまた客側が店の経営を心配するほどの破格の値段を提示するのだろう。
それから今回の事の詳細を私の目の充血理由と共に店長に伝えた。
「で、そいつはこれから常世で暮らすのか?現世に残るのか?」
「現世ですね。小原さんについていくようでした」
「そうか」
最初からその決心はついていたようだった。今回のことはモモさん自身があの場所に未練を残さないようにするためでもあったのかもしれない。
これからは小原さんの娘さん夫婦の家で一緒に暮らすことになる。暮らすと行っても彼はあやかしでその存在は知られない。だけどきっとこれからも変わらず小原さんの傍らに寄り添い続けるのだろう。それがモモセと名付けた誠一郎さんとの約束でもあるから。
そこで私は思い出す。
「店長、もしかして店長が言っていた呪いってこういうのも含まれるんですか?」
「あー、百年生きろで百世か。猫に大それた名前をつけるもんだな。名前は一番簡単な呪いと言うからな。まぁそれだけではないだろうが、猫自身が死んだことを相当悔やんでいたのも理由の一つかもしれないな。あいつがあやかしになった理由を完全に解明することなど俺には出来ないが」
願いや後悔や、強い思いが幾重にも重なって彼は再び生まれたのかもしれない。分からないままでいいこともあるけど、常世に太陽が昇るようになった理由と同じように、分からないものを自分の中で理由をつけて落とし込むのもきっとありだ。
「では次は店長の番です。あの雪のことを説明してくれますね?」
「ああ。常世と現世の天気は連動していることが多い。それは知ってるな?」
「はい」
「お前さんが行ってしばらくして、そんな気配のなかった空にいきなり怪しい影が現れて雨が降り始めた。これは何時間か後に現世も降られるなと思ったんだ。雨に濡れたらお前さんが作った紙の花弁じゃもたないだろ?まぁ昨晩のお前さんの頑張りを無駄にしてやるのも酷な話しだと思って、雨を止められないかと雨童子を探した」
「雪童子に雨童子もいるんですね」
座敷童子の親戚みたいなものだろうか。
「ああ。だが雨を降らせていたのはその雨童子だったんだ。今日の予定外の雨は雨屋への依頼だったみたいだな。だから断られて、次に雪童子を探して雨を雪に変えるよう頼んだってわけだ」
「雨が止められないならそれを雪にってことですか?」
「雪なら降っても多少マシだと思ったんだよ。本当は最初の雨が地上に落ちる前に雪に変えてもらうつもりだったんだが間に合わなかったからああなった」
「そうだったんですね。だけどよくあの家の場所が分かりましたね。確か私、木ノ坂町としか伝えてなかったですよね?」
しかもそれも昨日の夜の雑談の一部として軽く流すように話しただけだ。
「そこまで分かっていれば〝猫と雀を乗せた人間〟の目撃情報を辿るのは案外容易いぞ。あやかしは特に見慣れないよそ者を警戒しているからな」
「な、なるほど」
確かにすれ違うあやかしたちには二度見を越えて三度見されていた。私だって頭に雀を乗せて肩に猫を乗せてる人を見たら振り返る自信がある。
「雨が雪に変わった経緯は分かりました。ではそのあとの植色はどういう流れで?」
「あれは本当は植色までしてやるつもりはなかったんだが、雨に打たれて散る桜を見つめるお前さんがあまりに……」
なぜかそこで不自然に言葉が止められた。
「?」
「いや、まぁそういうことだ」
「どういうことですか?そういえば私に感化されたって言ってましたよね。あれはどういう意味なんですか?」
思わず詰め寄ると、店長は顔をそらした。
「皆まで言わなくても伝わるだろ」
「分かりません」
「あー……」
「……」
「……お前さんが辛そうな、悔しそうな顔をしていたからだ。余計なことかもしれないと思ったがそれで少しでもお前さんの心が晴れればと思った。以上」
顔をそらして早口でそう言葉にする店長。つまりだ。
「私のため、ですか……?」
雨を雪に変えたのも、植色をしたのも。