「で、さっきから何してるんだ?」
店長が私の手元を覗き込む。
「造花、買ったほうが絶対にクオリティ高いので買おうと思ってたんですけど探してもどこにも売ってなくて。ネットで買うにももう間に合わないのでこれで作ろうかなと」
先ほど一度現世に出て店を見て回った結果そういう結論に至った。色のついた折り紙をハサミで桜の形にせっせと切っているところだった。もちろん満開の桜にするとなるとこれが何枚もいるので思った以上に骨が折れる。時間がないのに時間がかかる。作業に没頭できるので今が夏休みでよかった。いや、本来なら没頭してはダメなのだろうけど。
「すみませんバイト中に。あの、この時間はバイトにカウントしてもらわなくていいので」
「今更だろ。弁当食ってようがぐーすか寝てようがお前さんがそこにいればバイトになるんだから。それよりもう時間遅いぞ」
腕時計を見ればもう夜の九時を過ぎかけていた。鬼火が行灯に入りに来ていたのも気づかなかった。現世の夏の夜は暑いけど狭間の夜は過ごしやすい気温だ。
「もう少しいいですか?家に帰ると寝ちゃいそうで」
作戦決行は明日だ。明日の朝までに仕上げるとなると寝ている時間はない。小原さんが家を出るのは十七日だけど、その日の何時に出るのかも分からないしきっと娘さんが迎えにくるのだろう。そこにかち合ってしまうと娘さんには絶対に不審に思われる。だから決行するならもう明日しかない。
だけど店長は頷かなかった。
「ダメだ。遅くなると危ないだろ」
久しぶりのお父さん代理が出た。確か店長はヒヨコさんに口うるさく言われているんだっけ。
「大丈夫ですよ。さすがにヒヨコさんも事情があれば見逃してくれるかと」
「違う。今のは俺の意見だ」
「えっ」
「これ以上遅くなるならもう泊まれ」
「えっ!」
思わず動揺してしまった。
「明日の朝、明るくなってから出ればいい」
「あー、いや」
「何だ、問題あるのか」
あるといえばあるしないといえばないのだけど。私が勝手に緊張しているだけで店長は何とも思っていないのだ。まぁそれが普通だ。店長は年齢不詳のあやかしだし、私は店長から見れば従業員の小娘。私は店長が好きだけど、どうこうなりたいとかいう大それたことは思っていない。私にとっては今はこの空間が大切で失いたくないと思える場所だから、それ以上は望まない。
明確な理由を挙げられない以上ここで断るのは不自然で、私はおずおずと頷いた。
「で、ではお言葉に甘えます」
まぁ泊まると行っても今日はほぼ徹夜で黙々と作業を進めるのみだ。それから作業を進めてどれくらい経っただろう。私はあるものと闘っていた──睡魔だ。
「……店長」
「何だ」
良かった。店長は起きている。
「黙っていると寝てしまいそうなのでしりとりしてもらっていいですか」
「何でしりとり」
「り……りんご」
「始まってるのかよ。ごま」
呆れながらも付き合ってくれるようだ。
「まり」
「りんご」
「あ、同じ言葉はダメですよ」
「……。りす」
「すずめ。あ、雀で今思い出したんですけど、そういえば動物って死んだらあやかしになるんですね」
「何で雀で思い出した」
「ヒヨコさんもそうなのかなって思っていて」
「いや、滅多とそんなことにはならないぞ。動物は死んだら土に還るだけだ」
「じゃあモモさんはどうしてあやかしになったんですか?」
「さぁな。呪いでもかけられてたんじゃないか?」
「呪い!?」
「呪いといっても多分お前さんが想像するような禍々しいものじゃない。呪いにもいろいろあるからな。まぁ分からないが、動物が死んでそのままあやかしとして生まれるにはよほどの強い感情がなければそうはならない」
「そうなんですね……。あ、中断してすみません。すずめからどうぞ」
「……、めだか」
「芥子色」
「ろうそく」
「く……桑色」
その瞬間、店長がニヤリと笑った。
「ほう、色屋に色の勝負を仕掛けようってか?いいぞ、ここからは色の名前縛りでどうだ」
「すみませんちょっとした冗談でした!」
「俺は宣戦布告と受け取った」
「でもそれだと結局〝ろ〟縛りじゃないですか」
「じゃあ最後に色ってつけるのはなしにしてやればいい」
「それでも勝てる気しないんですが……」
「先に仕掛けたのはお前さんだろ。そうだな、色の勉強の復習にもなるし一石二鳥か?」
「いやそれはまぁそうなんですが」
「せっかくだから何か賭けよう。勝ったほうは負けたほうに何でも命令できるっていうのはどうだ?」
「負け試合と分かっているのに嫌ですよ」
「分からないだろ。最近バイト中は熱心に勉強してただろ」
「それはそうですが」
「じゃあまぁ賭けはなしで色縛りな。桑色だったな。路考茶」
「やですか?ちゃですか?」
「好きなほうでいい」
「では、や。山吹で」
「黄橡」
それからしばらくしりとりは続き、結果はもちろん私の負けだった。